誇り高き
「……一時はどうなるかと思ったぜ」
「ったく。ひやひやさせんなよ」
芹沢が去った後、一同はほっと溜息をついた。
今だ、大和屋の火は燃えている。
芹沢が消火活動を許さなかったのだ。
芹沢が去った今、やっと町火消しが動けるようになった。
「紅河君…。済まないな。私が不甲斐ないばかりに」
「紅河。助かったぜ。感謝する」
「いえ。近藤さん。貴方は貴方のままでいい。……土方さんも、ですよ」
どうか、変わってくれるな。
貴方達が鬼になる必要などない。
「そうだぜ、近藤さん。俺たちはそのまんまのあんたが好きなんだからよ」
「副長も。無理しないで下さい」
口々に隊士達が言う。
「みんな……。ありがとうっ」
感動して目がうるうるしている近藤を、皆がおかしそうに見ている。
暖かい風景だった。
其れを紅河は一歩離れたところから見ていた。
自分は、入ってはいけない気がして。
「仲間、か」
ぽつんと紅河は呟いた。
其の呟きは誰にも聞かれることなく、消えていく。
同族殺しを背負っている自分には、其の存在は重すぎる。
ふと、視界の片隅に険しい顔をして、此方をみている山崎が写った。
そちらに顔を向けると、山崎は此方に近づいてくる。
「………?」
無言で首を傾けると、山崎の顔が歪む。
_____莵毬?
紅河は、心配になって山崎の頬に手を伸ばした。
山崎はその手を掴むと、ぐいっと引っ張った。
そのまま、人気の無い路地裏に連れて行く。
「どうした?」
紅河の声にも答えず、強く腕を引いた。
どん、と言う音がして紅河は壁に押し付けられる。
何時になく乱暴な動作に、紅河が眉根を寄せた。
彼が、怒っているのはわかる。
でも、一体何に?
自分は何かしでかしただろうか?
これまでの行動を振り返ってみるも、特におかしなことはしていない。
にも、関わらず山崎___莵毬は苛立っている。
腕を掴むと力は強く、後が残りそうだ。
取り敢えず、拘束から逃れようとするが身動きが取れない。
逃れようとすればするほど、腕を掴む力は強くなる。
更に強く壁に押し付けられて、紅河の顔が痛みに歪んだ。
「……っ。莵毬」
見上げた莵毬の表情は、見たことの無い顔だった。
____そう。闇を抱えているような。
「莵毬っ!」
莵毬が自分の知らない人になってしまった気がして、紅河は叫んだ。
ふっ、と莵毬の瞳に光が戻ってきた。
其れと同時に、拘束が解ける。
「莵毬?」
いきなり力の抜けた莵毬を心配して、紅河は彼の肩に手を置いた。
その手を、莵毬は乱暴に払う。
ぱんっ、と音がなった。
その音に、莵毬が驚いたように肩を竦める。
莵毬らしくない。
紅河は心の中で呟いた。
「……っ、悪い」
思えば、先程から目を合わせない。
目が合ってもすぐに逸らされてしまう。
紅河はじっと莵毬を見つめた。
互いに何も言わない。
暫くそうしていた紅河は、ふっと止めていた息を吐いた。
壁に押し付けられて、僅かに乱れた衣を直す。
「どんな時でも、心を乱すなと教えてくれたのは、莵毬だったな」
遠くを見つめて、紅河が言う。
いつの日だったか。
彼が言った言葉。
彼の教えてくれたことは、一つも忘れていない。
『忍はどんな時も心を乱すな。少しの心の揺れが命に関わる』
莵毬の教えは、任務でどんなに役立ったことか。
今、生きてここにいれるのは、彼のおかげなのだ。
だから。
「どんな時も心を乱すな、莵毬」
薄く笑みを浮かべて紅河は言う。
「忍に心の乱れは命取り、だろう?」
こんっと莵毬の胸を叩く。
ゆっくりと莵毬が視線を上げた。
やっと、目が合う。
「……あんなに小さかったお前が、随分と一丁前な口を聞くようになったな」
「小さい、は余計だな。さて、私は行くぞ芹沢に酌をしなくてはならないからな」
「せいぜい気をつけろ」
何時もの莵毬に戻ったことに、紅河は安堵の溜息をついた。