誇り高き
其れから数日後。

朝餉の時に土方に呼ばれた紅河は、土方の部屋に来ていた。

「副長。紅河です」

「入れ」

紅河は戸を開けて入ろうとしたものの、入り口で立ち止まっていた。

ずっと、戸に背を向けて書き物をしていた土方が怪訝そうに振り返る。

「どうした?早く入れ」

「………失礼します」

紅河は口元を抑えながら部屋に入った。

「窓を開けてもよろしいですか?」

「あ?駄目だ。誰かに聞かれては困る」

「では、煙草を吸うのをやめていただけませんか?」

本当に嫌そうに紅河は言う。

部屋の中は、煙草の煙と匂いが充満していた。

ちっ、と舌打ちして土方は渋々煙草の火を消す。

「で、内密の話と言うのは?」

「前から思ってたんだが……」

「は……?」

話が噛み合っていない。

「お前、何でそんな話し方なんだ?」

「………」

「何故わざわざ敬語を使う必要がある」

「今は、男ですから」

男の紅河と女の紅河は違うのだ。

「そうか。だが、今日の夜は女になってもらうぞ」

「任務、ですね」

急に部屋の空気が張り詰めた。

「頼りにしてるぜ。蜻蛉」

紅河は片方の口端を吊り上げる。

「……お任せを」


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「新見はん。良い飲みっぷりどすなぁ」

「はっはっはっ。そうかそうか!」

「惚れてしまいそうやわぁ」

ほんのり頬を赤くし、新見を見上げる太夫

すっかり新見は良い気になっていた。

「お前、玉依と言ったか」

「はい」

「お前は本当に美しいな。気に入った」

「まぁまぁ、嬉しいこと言うてくれはりますなぁ」

玉依もとい紅河は、とぽとぽと酒を注ぐ。

紅河に与えられた任務。

其れは、芸妓となって新見錦を酔わせ言質を得ることだった。

隣の部屋には、土方と山南が待機している

「新見様は、どんなお仕事をしてはるんどすか?」

「俺か!……そうだ、当ててみろ」

「嫌やわぁ。勿体ぶらんといて下さい」

「当てたら、今後も贔屓にしてやる」

紅河は、わざと悩むふりをする。

「そうどすなぁ。……お侍はん、どすか」

「ふむ、当たりだ」

まぁ、と口に手を当てて紅河は驚く。

「通りで逞しい体をしてる訳どすなぁ」

ぴったりとくっつきながらながら、さらに酒を勧める。

「お約束通り、今後もご贔屓してくんさいね」

「はっはっはっ。心配するな。金なら水の様にある」

新見は、もう酔っていた。

そして、土方の仕掛けた罠に掛かりつつあった。

「まぁ。新見様はお大尽様どすか?」

「ふむ。お大尽も夢では無いかもしれん」

「ほんま、新見様は凄い人どすなぁ」

「お前の身請けもしてやろう。何、勘定方を脅して金を出させれば良いのだ。今宵もそうして、飲んでいるのだから」

たった今、言質は取れた。

さっ、と部屋の戸が開く。

隣の部屋にいた、土方と山南が入ってきた

「……あぁ。土方君と山南君か。君達もここで飲んでいたのか?」

新見は完全に酔っていて、二人の放つ異様な雰囲気に気付いていない。

「新見様のお知り合いどすか?これまた、素敵な人やなぁ」

紅河は完全に芸妓に扮している。

一瞬、土方と山南でさえ本物の太夫かと思った程だ。

「新見さん。ちょいと話があるんだが」

「何だ?君らも一緒に飲むか?」

「いや。局長である貴方の承認が欲しいですよ」

そう。

新見を切腹するための許可が。

「別に構わないが。他の二人には、許可をとったのかい?」

「勿論だ」

新見を切腹させるための理由、として土方が考え出したもの。

‘‘局中法度”

勿論、其れだけの為に作った訳ではない。

が、結果的にそうなってしまった。

局中法度その内容は、以下の通りだ。

一、士道ニ背キ間敷事

一、局ヲ脱スルヲ不許

一、勝手ニ金策致不可

一、勝手ニ訴訟取扱不可

一、私ノ闘争ヲ不許

右条々相背候者切腹申付ベク候也




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