誇り高き
「ちっ………何だ」

「間者がいるよ」

紅河のサラッと言った言葉に、一瞬部屋の空気が静まり返った。

「………何だって⁈」

「何故それをここで言う!!」

「間者とは誰だね?」

様々な声が飛び交う中、紅河は不適な笑みを浮かべた。

「暇なのだろう?仕事が出来て丁度良かったな」

「おい、誰だ。何人いる」

ゆさゆさと紅河を揺さぶる土方の手を払って、紅河は山崎に寄りかかった。

山崎の肩に頭をこてんと乗せ、目を閉じる

「………土方。お前が揺らしたせいで気持ちが悪くなったんだが」

本当に気持ちが悪いらしく、顔色が先程よりも白くなっている。

「はよ休め。ほら布団敷くで」

「おい、寝る前に教えろ。誰だ間者は」

「暇なんだから、それくらい調べたらどうだ」

「ぁあ?それがお前の仕事じゃねぇか」

土方の言う通り。

間者の報告は監察方の仕事だ。

「………荒木田」

「国事探偵方か⁈」

「それ以上は、言えないよ。………そうだな、くれぐれも騙されないように」

それだけ言うと紅河は目を閉じる。

出てけとばかりに手をひらひらと振った。

「では、私達は失礼しようか」

山南の一声で皆がぞろぞろと部屋を出て行く。

山崎も立ち上がろうとして

「紅河?」

布団の中から伸びてきた手に、着物の裾を引っ張られた。

「どうした。体調が悪いか?」

紅河の額に手を当てて山崎が首を傾ける。

「………何で、裏切りがあるんだろうな」

ぽつんと言った紅河の言葉に、一瞬山崎の瞼が震える。

「何でだろうな」

紅河は片腕で顔を覆っていて、表情はわからない。

それでも、幼い頃から共にいる山崎には彼女が心の中で泣いているのがわかった。

いつも、そうだ。

紅河は誰よりも優しい。

だから、誰よりも傷ついて一人でひっそりと泣くのだ。

「何で仲間は………家族はこんなにも暖かいんだろうな」

山崎は無言で彼女の頭を撫でた。

「暖かくて、気持ちよくて、だから怖い」

ぽろぽろと感情が零れて止まらない。

もしかしたら、紅河の心は少しずつ溶け始めているのかもしれない。

彼等の暖かい心に触れて。

あの日に凍りついた心が。

だからこそ、辛くて苦しい。

「夢、なのかもしれないと思ってしまう」

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