ひとつの笑顔
青年は最初色々言って少女を叱ったものの、今では継母に気付かれないように手助けしてくれていた。
「着いたよ」
自動操縦車を止め、少女を先に降ろした青年は遮光レンズ越しに景色を見る。
少女も真似をするように眼前を見詰めると仄かな汐の匂いが鼻腔を擽った。
「……此処から見る夜空が、いちばん綺麗だ」
青年はヘルメットを脱ぐと自動操縦車の中に仕舞い海岸へと歩を進める。慌てて青年の後を追った少女は途端、何かに躓いてしまった。
「大丈夫? ほら、ゆっくり行こう」
そう言って少女の手を取り、少女が歩きやすいような歩幅でゆっくりと歩く。
「……ありがとう」
ぼそりと、囁くように紡がれた言葉は青年には届かず、寄せては返す波間に消えた。
汐の香りが濃く強くなり海がその全貌を表す。少女はこの瞬間が酷く怖ろしく、また、この瞬間に最も心惹かれた。
「……綺麗だね」
青年は海ではなく夜空を見詰め、譫言のように呟く。その言葉に視線だけで応えると少女は水面に浮かぶ白波を数えた。