トキトメ
「えっ?」

「いきなりキスされて、男の家に連れて来られ、その日のうちに寝るなんて、夢も
何もあったもんじゃないよね? でも俺、入社した時からずっと律子さんを見てい
た。一生懸命仕事をする姿がカッコ良かったし、ふと見せる女らしい姿にドキッと
していたんだ。だから、ずっと前からこうなる事を望んでた。夕べは、その気持ち
を止められなくて」

「わかってる。夕べは、私もそれを受け入れた。あなたと一緒になりたかったから。
でも、会社では付き合ってる事、黙ってて欲しいの」

「了解。いちゃつきたくなったら、時を止めるよ」

「そうだった。その能力って便利よね。一体いつから使えるようになったの?」

「中学3年の時。教室の窓に腰掛けていた友達が、あやまって転落したんだ。教室
は4階だった。下はコンクリート。落ちたら命が無い。慌てて覗き込んだら、奴は
まだ空中にいた。そこで俺は、思わず止まれ!って叫んだんだ」

「そしたら、止まった?」

「うん。あと2、3メートルってとこだった。俺はそのまま下に行き、止まってい
る奴の下に回り込んだ。

そして今度は動けと念じた。低い所からだったけど、落ちて来た奴を支えきれずに
一緒に倒れたよ。幸い2人とも打撲で済んだけどね」

「良かったわ。でも、その友達びっくりしたでしょ?」

「うん。何で教室にいたお前が、ここにいるんだってね。だから俺、奴に話したん
だ。最初は信じてもらえなかった。そしてある日気づいた。俺が触れている人間は
同じように動けるって。だから奴の腕をつかみ、時を止めて見せたんだ。でも、そ
れがいけなかった」



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