わたしのミカタ
シーン1 誕生日の夜に
   二階建てアパートの一室。
   舞台中央にテーブル、下手後方にベッド、ベッドの枕元にテレビ、
   上手後方に観音開きのクローゼットがある。
   上手奥は廊下・玄関と通じていて、廊下にはキッチンがある。
   下手奥はベランダに通じる窓がある。
   床には畳まれていない洗濯物の山やガラクタ、
   テーブルの上には食べかけのおつまみやお酒の空き缶と部屋は
   散らかり放題である。

   多枝、携帯電話を両手に握り締め、部屋の中をそわそわと歩き回っている。
   ときどき不意に立ち止まると携帯電話を開き時間を確認する。
   この動作を何度も何度も繰り返している。

多枝 「もう十一時三十分。早くしないと日付が変わっちゃう。
    幸治先輩!早くメールくれないと私の誕生日終わっちゃうよー。」

   多枝、テレビの横にドライフラワーを見つけ、ベッドに腰掛け、
   花占いを始める。

多枝 「来る、来ない、来る、来ない・・・」

   突然、洗濯物の山の中から勢いよくカコが登場する。

カコ 「来る、メールは絶対に来る!」

   クローゼットの扉が静かに開き、ミクが登場する。

   
ミク 「来ない、絶対に来ない。」

   多枝、カコとミクに気付くことなく花占いを続けている。

カコ 「幸治先輩を信じて待っててあげて。」
ミク 「バカね、あの人が彼女の誕生日なんて覚えてるわけがないでしょう。」

   携帯電話の着信音が鳴る。

カコ 「来たー!」
ミク 「まさか。」

   多枝、急いで携帯電話を開く。多枝の携帯電話を覗き込むミクとカコ。

多枝 「どまどま。」
ミク 「居酒屋のメルマガじゃない。」
カコ 「ここ覚えてる!文化祭の打ち上げで、
    幸治先輩と始めてお話した場所だ。」

   多枝、携帯電話を閉じてテーブルに置き、ベッドに腰を下ろす。

多枝 「(大きな溜息)」
ミク 「やっぱり誕生日忘れてるじゃない。」
カコ 「そんなことないよ。」
ミク 「もう十一時半よ。あと三十分しかないじゃない。」
カコ 「幸治先輩は芸術家だよ。
    じらしにじらしてすごいサプライズが待ってるんだよ。」
ミク 「埴輪職人にそんな気の利いたこと出来ないわよ。」
カコ 「埴輪作ってて何が悪いの。好きなことに一生懸命なだけでしょ。」
ミク 「それじゃあ聞くけど、多枝!」

   多枝、顔をあげ機械仕掛けのように質問に答える。

ミク 「最近デートをしたのはいつ?」
多枝 「一ヶ月前。」
カコ 「卒業製作で忙しいの。」
ミク 「手はつないだの?キスは?」
多枝 「するわけないでしょ。」
カコ 「幸治先輩、恥ずかしがり屋さんだもんね。」
ミク 「メールに返信は?」
多枝 「十回に一度。」
カコ 「内容を一生懸命考えてるんだよ。」
ミク 「都合のいいことばかり言うんじゃないの。」
カコ 「だって本当の事だもん。」
ミク 「世間ではそんな関係、恋人とは呼ばないの。」
カコ 「なんでそんなにひねくれたことばっかり言うの?」
ミク 「私は、幸せになりたくて賢く大人になってゆく多枝だもの。
    現実を見ないと多枝が将来後悔するわ。」
カコ 「それを言うなら私は、幸治先輩と付き合い始めたばかりの
    夢いっぱーいの多枝だもん。」

   携帯電話の着信音が鳴る。

カコ 「来たー!」

   多枝、携帯電話を開く。ミク、覗き込む。

ミク 「(カコに)早く見なさいよ。」
カコ 「恥ずかしくて読めない。代わりに読んで。」
ミク 「は?」
カコ 「お願い!」
ミク 「『ちょっと遅くなっちゃたけど、お誕生日おめでとう。
    プレゼントといったらなんだけど、明日映画でも見に行かない?
    連絡待ってます。それでは、今年が多枝ちゃんにとって
    すばらしい一年になりますように。はるひこ。』」

   多枝とカコ、目に見えてがっかりする。

カコ 「なーんだ、ハルちゃんか。」
ミク 「デートのお誘いじゃない。(多枝に向かって)返信しなさいよ。」
多枝 「ただの幼馴染だよ。」
ミク 「ただの幼馴染が、地元とび出して大学まで追いかけてくる?」
多枝 「ハルちゃんが勝手にやってるの。」
ミク 「あなたがはっきりしないからよ。」

   カコ、ガラクタの中からメガホンを持ち出し、叫ぶ。

カコ 「幸治先輩はすばらしい!幸治先輩は最高!幸治先輩は愛の天使!」
ミク 「ちょっとだまってって!」

   ミク、多枝の横に座って語りかける。

ミク 「よく考えなさい。このまま幸治先輩とくずくず付き合っても、
    傷付くのは多枝なのよ。私はあなたに確実に幸せになってほしいの。
    そのための最善策はなんだと思う?」
多枝 「最善策?」
ミク 「幸治先輩がだめだったら?もう選択肢は一つしかないわよね。」
カコ 「魔女の口車になんてのっちゃだめよ!
    幸治先輩は絶対にメールをくれるんだから。」

   多枝、晴れ晴れとした顔でベッドから立ち上がる。

多枝 「わかった!」
カコ・ミク 「何が!?」
多枝 「今日中に幸治先輩からお祝いメールが届かなかったら、
    ハルちゃんに乗り換える!」

   多枝、携帯電話を開き、アラームを0時にセットする。

ミク 「ちょっと、私が言いたかったのはそういうことじゃなくて…」
カコ 「よかったー。あと三〇分待てば、
    幸治先輩と付き合ってってもいいんだよね。」
ミク 「私ってこんなにバカだったの?多枝、これがあなたの最善策なの?」
多枝 「まんがいち幸治先輩が私の誕生日を忘れるような薄情な人でも、
    私には優しいハルちゃんがついてるもん。
    どっちにしても損はないでしょ。」
ミク 「…勝手にすれば。」
カコ 「そうと決まれば暇つぶし!何して待ってようか。」
多枝 「今日まだニュース見てないや。」
カコ 「えー、ニュースなのー。」
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