わたしのミカタ
シーン4 現場検証
   テレビ画面から滝澤が登場する。

滝澤 「今晩は、滝澤クリスタルです。
    本日深夜、東京都町田市のアパートの一室で
    女性の遺体が発見されました。
    女性は都内の大学に通う五木多枝さん二十歳。
    現場の室内は物が散乱しており、警察は物取りの犯行と見て
    捜査を進めている模様です。女性の部屋を狙っての卑劣な犯行。
    同じ女性として許せません。
    いち早く犯人が捕まることを祈るばかりです。」

   スタッフの格好をした部下がテレビから続報の原稿を持ってきて、
   すぐにもどる。

滝澤 「今のニュースで新たな情報が入ってまいりました。
    えー、警察の調べによりますと女性の死因は大量の飲酒による
    急性アルコール中毒。失恋による自棄酒(やけざけ)が死因に繋がったと
    推定されます。また、室内の物が散乱していた件については、
    『普段から散らかった部屋だった』と近隣の住民が証言しています。
    えー、人騒がせ極まりない事件ですね。
    私は、こんな女性にだけはなるまいと思います。」

   多枝、滝澤をにらむ。滝澤、平然とテレビ画面へ帰ってゆく。
   刑事と部下がクローゼットを蹴り開けて登場。

刑事 「今から現場検証を始める。行くぞ五十嵐!」
部下 「へい安さん!」
刑事 「うん?何か踏んだぞ。」
部下 「安さん、今回の仏さん、五木多枝さんです。」
刑事 「おおそうか。失敬、失敬。」

   刑事と部下、手を二回打ってカコを拝む。

刑事・部下 「なんまんだー、なんまんだー」
刑事 「よし、仏さんの型取るぞ。五十嵐、テープ。」
部下 「へい安さん。」
刑事 「きたねえ部屋だな。床はどこだ?」
部下 「まるで男子高校生のロッカーですね。いったいどんなヤツ住んでたんだか。」
刑事 「五十嵐、この仏さんが住んでたにきまってんだろ。」
部下 「あぁ、そうっすねー。」

   刑事、カコの周りをテープで四角く囲む。

部下 「安さん、そんな大雑把にやったら、鑑識のヤローに怒鳴られますよ。」
刑事 「五十嵐、この仏さんをよーく見ろ。」
部下 「うーん(少し考えて)・・・おっ、この仏さん、スゲー寸胴っすね!」
刑事 「こんだけ真っ直ぐなら鑑識も文句なんか言わないさ。」
部下 「そうっすねー。」
刑事 「次は遺留品捜索だ。五十嵐、行って来い!」
部下 「へい安さん。」

   部下、部屋から出て行く。刑事、テーブルに腰かける。

刑事 「お、酒じゃねえか。(飲もうとする)なんだ、全部からか。
    随分酒好きな仏さんだなぁ。」
部下 「安さーん!これ見てくださいよ!」

   部下が風呂桶にさまざまなものを入れて、大笑いしながら戻ってくる。

刑事 「なんだ、その風呂桶は。」
部下 「廊下に落ちてました。それよりこれ!」
刑事 「どれどれ・・・キムチ、ソフトいか、6Pチーズ。
    なんだこりゃ、定年男の休日か?」
部下 「きわめつけがこれです。」

   部下、さびついて刃がボロボロの包丁を取り出す。

刑事 「なんだこの包丁は。半世紀雨ざらしにでもあったみたいじゃねえか。」
部下 「いったいどんな料理作ってたんすかね。」
刑事 「こんな女が一人減ったんなら今後の日本は安泰だな。」
刑事・部下 「はははははっ!」
多枝 「うるさい!」

   多枝、手元にあったクッションを刑事に向かって投げつける。
   刑事、多枝をにらむ。

刑事 「五十嵐、この仏さん片しておけ。」
部下 「へい、安さん。」

   部下、クローゼットから担架を取り出し、カコを収容しはじめる。

刑事 「申し開きがあるなら聞いてやるぞ。」
多枝 「なんなのよあんたたちは。人のうちに土足で上がりこんで、
    言いたい放題言って。私が何をしたって言うのよ!」
刑事 「確かに、お前さんは何もしていない。」
多枝 「当たり前でしょう。」
刑事 「料理もしない、掃除もしない、洗濯物もたたまない、
    ゴミも捨てない、勉強もしない、化粧もしない、
    服にも髪にも気を使わない、相手に好かれる努力もしない!」
多枝 「やめて!」

   多枝、耳をふさいで顔を伏せる。
   部下、カコを乗せた担架をクローゼットへしまう。

部下 「安さん、収容完了しました。」
刑事 「おう。」

   刑事、多枝の前にしゃがみこむ。

刑事 「そんなヤツを、誰が好きになるって言うんだ。」

   刑事と部下、クローゼットに去る。多枝がすすり泣いている。
   しばらくすると、クローゼットから戸をたたく音が聞こえる。

多枝 「誰よ。どうせまた、私をバカにしに来たんでしょ!」

   クローゼットから陽彦が登場。陽彦、部屋中を見回している。

多枝 「ハルちゃん。」
陽彦 「・・・きたない部屋。」

   陽彦、部屋の中をあさり始める。

多枝 「ひどい、ハルちゃんまでそんなことするの?」


   陽彦、ガラクタの中から化粧ポーチを拾い出す。

陽彦 「この化粧ポーチ、俺がホワイトデーにあげたやつ。使ってくれてたんだ。
    滅多に化粧しないのに当て付けかって、多枝ちゃん怒ってたなー。
    (ポーチを開ける)やっぱり、中身がほとんど新品だ。
    これおととし京都で買ってきたあぶらとり紙。まだ持ってたんだ。」

   陽彦、ベッドにクマのぬいぐるみを見つけ、多枝の目の前で抱き上げる。

陽彦 「このクマ・・・多枝ちゃん小さい頃、どこ行くにも持って歩いてた。」

   陽彦、クマを抱えたまま多枝の隣に腰を掛け、部屋を見回す。

陽彦 「多枝ちゃん、昔から片付けるのが苦手だったよね。
    積み木で遊んでも、おままごとしても、いつも片付けるのは俺で…。
    なんで死んじゃったんだよ…多枝ちゃん。」 

   陽彦、クマに顔をうずめて泣く。

多枝 「ハルちゃん。」

   ノイズとセリフが混ざり合って走馬灯のように流れる。

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