世間知らずな彼女とヤキモチ焼きの元上司のお話

 コネ入社。
 社長はじめ役員の方々まで、たまに私の顔を見に来る。「困ったことがあったら、何でも言いなさい」って言ってくれる。
 大人なのに、社会を見て来いって言われたのに、あまりに守られた環境で、遠巻きに腫れ物にさわるように、私を伺い見る同僚や部長たち。
 息苦しかった。
 そんな中、彼だけが堂々と仕事を渡してくれて、平気で私を叱ってくれた。

「家の格とか考えたら、普通、恐れ多くて、さくらなんかと付き合えないよな?」

「そんな事、言わないでよぉ」

「ごめんごめん。だから泣くなって、さくら」

「それに、うちの親、そんな事気にしないし」

「だよな?」

 彼は笑った。

「じゃなきゃ、結婚なんて許してくれっこないよな」

 彼の笑顔がスーッと近づいてくる。
 あ、キスされる、と慌てて目を瞑った。
 私が好きなチュッてだけの軽く触れるだけのキスじゃなくて、ディープなそれ。

「……ん」

 絡み合う舌が、さりげなく私の背中に回された彼の指先が、私の気持ちをガラリと変えてしまう。
 さっきまでの、彼に拒絶されたような突き放されたような寂しい気持ちは、一瞬でどこかに行ってしまい、まるで雨上がりの空に虹が架かる瞬間のように、頭の中が幸せな色で染められていく。

< 10 / 23 >

この作品をシェア

pagetop