世間知らずな彼女とヤキモチ焼きの元上司のお話

「分かんの?」

「分かんないけど、自分の楽器持ってきてる子いたし」

「へえ~! それいい楽器?」

「何百万って言ってたよ。やっぱ車と同じくらい……みたいに。でも、楽器には幾らでも上があるから、その子、それでも安い方だって……」

「ふーん」

 どこが安いんだよって彼の心の声が聞こえてきそうだ。

「それに、その子、音大受験して、合格してたし。お嬢様の趣味じゃなかったよ」

「あ、そうなんだ」

 彼は意外そうに言った。

「……も、おしまい! この話」

「なんで?」

「だって、修一くん、絶対、私のことバカにしてるもん」

 あはは、と彼は面白そうに声を上げた。

「何でそう思うの?」

「知らないっ!」

 ぷいっと彼の膝から抜け出そうとすると、ぎゅっと後ろから力いっぱい抱きしめられた。

「さくらが世間知らずな理由が、よーく分かった気がする」

「世間知らずで悪かったわねっ」

 思わず涙声でムキになって言い返すと、彼は慌てて言い訳をした。

「ごめんごめん。泣くなよ」

「泣いてなんか、いないもん!」

 そう言いながら、逆にいたわられた事で私の涙腺は決壊した。
 別にそんなに悲しいわけでもなければ、こんな泣き虫でもなかったはずなのに、そう思いながら、ぽろぽろこぼれる涙を不思議に思って見つめる。涙のしずくがスカートに水玉模様を作っていた。

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