世間知らずな彼女とヤキモチ焼きの元上司のお話
彼の指が私の涙をすっとぬぐった。
「さくら、ごめん」
私が何も言わずにいると、彼はそっと立ち上がった。背中の温もりがスッと消えた。
うそ! 泣いたらダメだった!?
悲しくないなんてウソだ。からかわれるのは良い。でも、おバカだと思われるのも嫌われるのも、やっぱりイヤだ。
修一くんに出会ってからの私は、まるでうっかりボタンを掛け違えたような感じでどこかおかしい。こんなくらいで泣くような私じゃなかったのに。
涙が勢いを増して、さらにポロポロと私のスカートをぬらした。
すると、目の前が大きな影に覆われて、今度は前側からぎゅっと抱きしめられた。
「ごめん」
彼は、困ったように私の顔を覗き込む。
「さくらみたいな生粋のお嬢様に、俺みたいなおじさんでいいのかなって思ったら、つい……」
つい、いじめちゃった? それはないよ、修一さん。と思わず唇をとがらせた。
彼は、「二年でいいから社会に出てみなさい」と親に放り込まれた会社の元上司。正直、就職なんてする気はなかったから、親には随分抵抗した。でも、ホント、社会ってものを見る機会をもらえて良かったと思う。
彼と出会えたからってだけじゃなくて、何て言うか、やっぱり私は世間知らずだったなと思う。彼に言わせると、今でも世間知らずなんだろうけど。
そんな私は、30台後半の彼と一回り以上も年が離れている。
「な……んで、そ…なこと、心配、す…の?」
やだ。恥ずかしっ。まともにしゃべれないじゃない。
しゃくりあげながら、でも、心を許し、こんな情けない自分を平気で見せられる相手ができたのは、もしかしたら喜ばしい事なのかも知れないとも思う。
だって友だちにすら、ろくに涙なんて見せたことがないんだもん。
「俺んちは、普通のサラリーマン家庭だし、むしろ、お金には割とシビアに育ったし、年はこんな上で……。
何とか大手企業に就職して同期で一番に管理職について、ようやくちょっとだけ自分も偉くなったななんて思ってたけど、さくらは堂々とコネ入社。俺なんて口も聞いたこともない社長と普通に話してるし。
見るからに育ちが良さそうで、世間知らずなお嬢様だったもんな」