神様の憂鬱
すると、

「お忘れですか?」

彼女が言った。

「あたくしたちには、名前などありませぬ。人間や、あなた様とは違いますので」

「そうだっけ?」

「そうでございますわ。

それでも名前が必要でしたら『天歌(てんか)』とでも呼んでくださいな。

あたくしは弁財天の中でも殊更(ことさら)歌が好きなので」

「わかった。天歌だね。

ずいぶんと長い時間人間とばかりいたから、そんなこと忘れていたよ」

「おや、そうなのですか? でしたら楽しい時を過ごせたのでしょうね」

社の上から視線を飛ばし、彼女が言った。

彼女の見つめる先には、動き回る人間たちがいた。

そんな彼らを、彼女はとてもいとおしそうに見つめている。

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