祭囃子の夜に
畳の部屋に置かれたベッドに横になり天井を睨んだまま、どのくらいの時間が経ったのだろうか。
居間から聞こえてくるにぎやかな声は、まるで雑音のように苛々とさせる。
「くそ……」
誰に伝わる訳でもない苛立ちを天井に吐いて、翔一はぼふりと布団を被った。
布団を被ると、何か色々なものから逃れられるような気がする。
幼いころから、逃げ出したい事があるとこうして布団を被っていた。
友達と派手に喧嘩をしたとき。あかねに怒られたとき。初めて父親にひっぱたかれたときもそうだ。
そしてふと、小学三年の自分を思い出した。
翔一は、小学校に上がってすぐに地域の少年野球チームに入った。
これはもちろん父親の影響で、幼い頃から時間が出来ればキャッチボール、休日には野球観戦と野球まみれの環境で育てられた事が大きい。
翔一の父親は、自身も中学までは野球部に所属していたらしい。
しかし、高校に入ると自然と悪い仲間とつるむようになり、結局野球はそこでお終いになってしまった。
その事を大そう後悔していたようで、「高校も続けていればあの大舞台に……」と夏の高校野球をテレビで観戦しながら呟いていた父親を覚えている。
あれは確か、小学三年の今頃だ。
体格の良い同い年が徐々に試合に出場をし始めたその頃、翔一はまだ周りと比べて力が及んでいなかった。
野球に関しては殊更厳しかった父親にあれこれ練習をつけられていたが、それでも遅れてチームに入って来た同学年に先を越されたりと、野球に対する士気を失い始めていた。
どうしてみんなより上手くならないの。
チームでの練習の後に父親と空き地で練習をしながら、そんな事を言ってわんわん泣いた記憶がある。
何か言おうとした父親に背を向けて、路地まで逃げ込んだ。
風車がくるくる回る景色の中で、声を上げて泣きじゃくった。
「なんにも変らねぇじゃん、俺……」
溜息と共に、自然とそう口に出る。
あの頃と違う事があるとすれば、今はもう野球を続けたいと思う気持ちが起きない事くらいだ。
――だけど。
そういえば、あの時はどうしてまだ続けようと思ったのだったか。
記憶を辿ってみようとした時、枕元に投げっぱなした携帯から、唐突に流行りのJ-POPが流れ出した。
布団の中から手だけを出して枕元をまさぐり、携帯を掴む。
「……」
無言で見つめる画面には、坂井誠と表示されていた。
上部に表示されている時計を見ると、そろそろ十時になろうとしており、部員たちが一通りの事を終え、寮の自室に戻っているくらいの時間だった。
気安く電話に出る勇気は到底無い。
しばらく画面を眺めていると、着信音が途切れて『着信一件』と表示された。
今頃、寮はどうなっているのだろうか。
自分が帰ってこない事を、寮監が電話をかけてくるかもしれない。
そう思ったが、いまだに家の電話は鳴っていない。