祭囃子の夜に

「……おはよう」

 超特急で着替えを済ませて居間へ向かった翔一だったが、いざ三重子と顔を合わせると昨夜ついつい怒鳴ってしまった事が思い出されて気まずくなった。

 一方の三重子はそんな事など無かったかのように明るい声で、何よその不景気な顔は、はやく食べちゃいなさいとからから笑う。


 昨日はごめん。怒鳴ってごめん。夕飯食べなくてごめん。


 思ってはいても、結局食事を食べ終えてもその言葉は言えなかった。

 言えない代わりに、翔一は三人分の食器をまとめて流しへ運んで、綺麗に洗うことにした。

 ついこの間まではせいぜい自分の食べた分だけだったのにと、翔一の後ろ姿を眺めながら三重子が目をまんまるくしてあかねに言った。

「一年寮で暮らすと変わるもんなのかしらねぇ?」
「……それだけじゃないと思うけど」

 やはりあかねにはお見通しのようだ。

 あかねの声を背中に受けながら、いたたまれなさに身が縮こまった。

「片付けは翔一がやってくれるみたいだし、母さんちょっと用事済ませてきちゃうわね」

 脚に彫のある少し高級な座卓に手をついて、三重子が立ち上がる。

 その様子に、翔一は思わず振り向いた。

「え、今日、時例祭……」
「ご飯の準備は出来てんのよ。ただ、ビール買い忘れちゃってねぇ。ほら、板さんあの銘柄じゃないとダメだから。うっかりしてたわー」

 言われて食器棚を見てみると、いつも大皿が置かれている個所にぽっかり隙間が出来ている。

 冷蔵庫の横には日本酒の一升瓶が数本と缶チューハイのケースが二つ置かれているが、ビールが見当たらない。

 板さんというのは古株の従業員で、大のビール好きだ。

 それも気に入った銘柄以外は飲まないというこだわりを持っているので、松岡左官店で行われる宴の際には恵比寿様が描かれた缶ビールが欠かせない。

 それを買い忘れたという三重子のうっかりぶりには目を見張るものがあるなと思いながら、翔一は無言で食器洗いを続けた。

「悪いけどチューハイと日本酒、作業場の冷蔵庫で冷やしといてくれる? あかねももう出ないといけないから」
「わかった」

 振り向かずにそれだけ返すと、三重子とあかねがそれぞれ居間を出ていくのが解った。

 食器を水切り籠へ移しながら冷蔵庫横の酒類をちらと見遣って、この数なら二往復で楽勝だなと作業工程を考える。

 従業員連中は、早ければ夕方にはここへ集結するはずだ。元々ほろ酔いでやって来る力仕事の男たちに、冷えていない酒を提供することになると厄介だ。


 早いとこ運んどかないと、俺がめっためたのぎったぎたにされる。


 避けたい事必至の光景が思い浮かんで、まず日本酒から運んでしまおうと手を伸ばした。

「あ、翔一」

 屈んだところで、玄関に向かうあかねが廊下から声を掛けた。

 上に半被を着込んで、準備は万端の様子だ。

「なにー?」
「アンタが寝てる間に結衣ちゃん来たんだよ。何回も電話したけど繋がらないって」

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