祭囃子の夜に
 清原結衣は、翔一や誠と幼稚園の頃からの幼馴染である。

 高校に進学してから地元を離れても、度々連絡を取り合っていた。確かに今まで電話やメールに反応しなかった事など無かったが。


 朝っぱらから何しに来てんだ、あいつは。


 朝早い時間に自宅を訪ねてきたという幼馴染に、溜息をついた。

「後でまた来るって言ってたから、そろそろ来るんじゃない? ちゃんと相手してあげなよ」

 その物言いは、相手をせずに帰したらどうなるか分かってんだろうなと言外に匂わせている。

 ひどい横暴っぷりだが、残念ながらそれに反論する術を翔一は心得ていない。

 わかったよと力なく答えると、あかねはニヤリと笑んで出て行った。

 連絡がつかないからって何も家まで来ることないのに。

 再びそう思って、ふと考える。自分と連絡がつかないとすると、まず確認を取るのは誠だろう。

 誠は、俺が寮から出て行った事を結衣に話したのだろうか。

 そろそろ来る、と予告された結衣がやって来ることが、途端に億劫になった。

 しかし、来ると言ったからには結衣は必ずやって来る。そういう奴だ。

 まずは目の前の事を片付けてしまおうと逃げ道を作り、一升瓶を片手に二本ずつ携えた。

 玄関と門の引き戸は足で開け閉めし(あかねに見られたら怒られるでは済まない)隣の左官店へ向かう。

 表はシャッターが閉められているので、建物の横に作られた勝手口から入ることになる。

 勝手口は開き戸で、右手に持った酒瓶を足元に置いて扉を開けた。

 店は道具置き場兼作業場である広い土間と、六畳ほどの座敷という簡単な造りだ。

 勝手口は土間に繋がっており、大型の冷蔵庫も土間に置かれている。

 翔一が土間へ入ると、出払って誰も居ないはずのそこに人影があった。

「あ、ぼっちゃん! おはようございます!」

 翔一に気付いてこちらに顔を向けたのは、テツだった。

 鯉口シャツと股引を着込んでいるあたり祭りには出かけるようだが、手元がどうしてか汚れている。

 割と会いたくない人物に出会ってしまったと解りやすく翔一の顔が歪んだ。

 その表情に、テツの笑顔もどことなく歪む。


 ――あ、マズイ。俺、嫌な顔した。


 テツに会いたくないのは、テツを色眼鏡で見ていた自分が恥ずかしいからだ。決してテツの所為では無い。

「オハヨウゴザイマス。……なにしてんすか」

 歪んだ顔を慌てて取り繕って、とりあえず何か言わなくてはと作業場に居る理由を訊ねると、ああ、とテツは自分の足元を指さした。

「道具の手入れっす。俺、あんま仕事できないから。こういうのはちゃんとやっておこうと思って」

 指さされたそこを見ると、テツの道具なのだろう、色々な形をした鏝や刷毛がぴかぴかになって並べられていた。

「ねぇさんに言われたんす。道具を粗末にする職人はいい仕事なんか出来ないって」

 へへ、と頭を掻いてテツが言う。

 その様子はどこか誇らしそうで、翔一はますます自分が恥ずかしくなった。

 出来ないものを出来ないと認めて努力するテツは、自分よりもずっと立派に思えた。

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