祭囃子の夜に
実際、翔一はあかねが泣いている姿を見た記憶が無い。
鉄壁だと思っていたあかねが、泣くほどに感情を昂ぶらせたという事に衝撃を受けた。
と同時に、テツにはそこまで思いやってくれる人間が居たのだという事を知る。
自分はどうだろうか。同じ場所に身を置く人間に、思いやってくれる人間は居たのだろうか。
「……俺、初めてだったんす。そんな、そこまで泣きながら怒るやつ、初めてだったんすよ。学校の先公も、補導しにくるおまわりも、親だって俺の事、そんな風に怒ったこと無かった」
そう話すテツの表情は、どこか嬉しそうに微笑んでいるように見えた。
一瞬見せた愛おしそうな眼差しを慌てて消して、テツは翔一に向き直ってがしっと肩を掴んだ。
「えっと、ねぇさん優しいんすよほんとは! だから、すぐ仲直り出来るっす!」
「……は?」
急な話の切り替えにクエスチョンマークが頭を埋めた。
どうやらテツは、昨夜の翔一の態度があかねとの喧嘩の延長だと理解したらしい。
姉弟喧嘩の間をなんとか取り持とうと、自分の話を出した様だ。
「じゃ、俺行きますんで! 仲直り、して下さいね!」
言うと、テツはバタバタと慌ただしく作業場を後にした。
恐らく自分の言動が急に恥ずかしくなったからだろう。去り際の顔が耳まで真っ赤に茹で上がっていた。
「……」
テツが出て行った勝手口を見つめながら、小さく溜息が漏れた。
吐息の中に、昨日誠に吐き出したのと同じ黒いモヤが見えた様な気がする。
きっと話さなくてもいい話だっただろう。
テツは優しい人間なのだ。
姉弟喧嘩と勘違いをして、仲直りをさせようと、翔一の心に少しでも呼びかけようと思って話さなくてもいい自分の話をしたのだろう。
それなのに、自分は。
いいですね、見放さない人が近くに居てくれて。居場所があって。
その言葉を口にしなかっただけ幾分か救われたが、それでも自分自身の小ささに苛立った。