祭囃子の夜に
「しょうちゃん、お祭り来る?」
「行かない」
「えぇー、どうして?」
帰り際、玄関で靴を履きながら問いかける結衣に、翔一はほとんど即答で答えていた。
とても祭りなど行く気分ではない。
地元の同級生や後輩に出くわす可能性が限りなく高く、知り合いと呼べる人間と顔を合わせるのが億劫だからだ。
残念そうに眉を下げた結衣に少しばかり心が痛んだが、それでも祭りに行くという方に天秤は傾かなかった。
「あのね、今年の神楽、私がやるんだ」
「お前が?」
「そう。だから、神楽だけでも観に来てくれたら嬉しいなぁなんて思う訳です」
時例祭の終盤、神輿が神社へ戻ると、境内に設けられている神楽殿で神楽が行われる。
巫女が神社で祀る時神様に奉納を捧げる舞であり、大役と言っても差支えない役回りだ。
もちろん結衣がそれを任されるのは初めての事で、もしかしたら結衣はその晴れ舞台のことを伝えたくて来たのかも知れない。
「……気が向いたら」
こんな事でも素直におめでとうと言ってやれない自分が恨めしい。
不機嫌そうに呟く翔一に、結衣は満面の笑みを残して翔一の家を後にしたのだった。