祭囃子の夜に
「松岡!」
つかつかと早足で守備位置を離れる翔一を、周りの部員が引き留める。
監督は眉間に皺を寄せて翔一の動向を視線で追い、やがてバットを持ち直した。
「放っておけ! ほら、次いくぞ!」
グラウンドを去ろうとする翔一の背中をちらちらと見遣りながらも、残った部員たちは有無を言わせぬ監督の言葉に従い守備位置に戻る。
「そのグローブ、邪魔だ! 要らんもんならどっか避けておけ!」
ためらいながらも、一年生の一人が翔一のグローブを拾い上げてマネージャーの居るベンチまで走る。
その様子を背中で聞きながら、翔一はとうとうこのグラウンドから――野球部から――自分の居場所が無くなってしまったと感じていた。
「ちょっと、すみません!」
唐突にそう言ってブルペンから飛び出したのは、中学時代翔一の女房役であった坂井誠だった。
二年に進級してからは何度か練習試合でもスタメンで試合に出ており、夏のレギュラー争いにも名を連ねている。
誠はベンチに駆け寄って土埃にまみれたグローブを手に取り、そのまま翔一の後を全力疾走で追いかけた。
翔一は既にグラウンドの外、部室へ向かう小道を歩いている。
「松岡! 待てって!」
息を切らせながら翔一を追いかけ、肩を掴んで引き留める。
振り向かない幼馴染の肩が、少しだけ震えているのが解った。
「監督に頭下げた方がいいって……。このままだとお前、」
肩に置かれた優しい手と、自分を気遣うその声が妙に翔一を苛立たせた。
さすが、余裕のある奴は心も広い。
こうして惨めな一部員を追いかけてきてくれるんだから。
「うるせえな!」
振り向きざま、誠の手を勢い任せに振り払った。
その動作でよろめいた誠の手から、グローブがポトリと落ちる。
それが自分のものであることが解ると、心の奥でムクムクと成長していた黒いカタマリが、いよいよ喉元までせり上がって来た。
「このままだと何だってんだよ! どれだけやってもどうせ俺は試合には出れねえんだ!」
悲鳴に近いその声が、見当違いな嫉妬に満ちていることは自分でも理解していた。
しかし、一度噴き出した自分の中の黒いカタマリは、どろどろと流れ出るばかりで堰き止めることが出来ない。
「お前はいいよ! 信頼も期待もされてるんだから! だけど俺は違う! どう頑張ってもお前や、アイツらみたいにはなれない!」
目一杯怒鳴ったせいで、息が荒い。
訳の分からない眩暈が襲ってきて、世界がグラグラと歪む。
肩で息をしながら、ようやくまともに誠の顔を視界に捉えた。
「……翔一……」
誠の顔は、言いようもない表情に歪んでいた。
その様子に心臓がドクリと跳ねて一瞬たじろいだが、翔一の心はそれ以上に黒いモヤが立ち込めていて、長年一緒に過ごしてきた幼馴染の心情を察してやる事など到底出来ない。
なんだ、同情か。
そんなに可哀想に見えるか、今の俺は。