祭囃子の夜に
真っ直ぐに延びる石畳の両端に、昔ながらの日本家屋が立ち並んでいる狭い小路。
人気の無い古風な路地は、さながら京都のあじき路地のようだ。
家々の軒先に掛けられた葦簀には幾本もの紅い風車が刺さっていて、遠くまで続くその光景は、軒先に紅い花が飾られているようだった。
時折吹く風で回る風車の音が、カタカタと緩やかに木霊している。
柿色に照らされた石畳がきらきらと煌めいて、路地に伸びる自分の影が、ゆらめきながら前へ前へと延びているように感じた。
ふと立ち止まって、後ろを振り返る。
やはりそこに人影は無い。
不思議と祭りの音も遥か遠くに聞こえてくるようで、路地はしんとしている。
まるでタイムスリップでもしたような気持ちになった。
幼いころ、父親に連れられてこの路地を通ったことがある。
その時もこんな不思議な感じがして、しかし当時はそれがなんだか怖かった。
怖いなぁと呟いたら、父親にひどく笑われた記憶がある。
懐かしさに自然と顔が綻んだ。
そして再び歩き出そうと前を向いた時、遠くの方から一斉に風車がぐるぐると回り始めた。
それは突風で、ほんの一瞬で翔一の立つ場所まで吹き抜ける。思わず腕で顔を覆って、目を瞑った。
突風に煽られ揺れる葦簀と、風車の音だけが耳に届く。
は、と短く息を吐いて、目を擦った。
風が抜けきった後の路地は、余韻で回る風車の音がまばらに響いている。
すごい風だったなと歩き出そうとして、翔一はすぐに足を止めた。
目の前に、いつの間にか少年が俯いて立っていたのだ。
「あ……」
少年は汚れた野球ユニフォーム姿で、それは翔一が所属していた少年野球チームのものだった。
足元にはグローブと軟球が転がっている。
こんな路地にどうして、と近づくと、俯いていた少年が顔を上げた。
「う、えぇ……」
「……どうしたんだよ、こんなとこで泣いて」
ぐしゃぐしゃに泣き腫らした顔の少年に、目線を合わせるように屈んで頭を撫でてやる。
少年は下を向いたまま、ふるりとかぶりを振るうばかりで、翔一の問いかけに答えてくれる余裕は無いようだ。
一度声を掛けてしまった手前、このまま放っておく訳にもいかず、困ったなと辺りを見回して助けを求めてみるが、やはり人の気配は無い。
「……そのユニフォーム、北鎌ボーイズのだろ?俺も同じだったんだ」
気を引かせようと掛けた言葉は正解だったようで、泣きじゃくるばかりだった少年が、驚いたように口を開いた。
「……お兄ちゃんも?」
「そう。北鎌ボーイズで野球やってた」
「……へぇ」
へぇって、オイ!
そっけない返事に思わず右肩をがくりと落とす。
思ったように反応してくれないのが子供というものだ。
「……お兄ちゃん、野球、やってるの?」
「うん? ああ……まあ」
「そっか……」
どうやら会話の糸口は掴めたらしい。
大方涙の引っ込んだ少年が、興味深そうに翔一の顔を見つめて問いかけた。
「お兄ちゃんは、野球、楽しい?」