祭囃子の夜に

 祭りの後の駅は、人でごった返していた。

 いつもの閑散とした駅がどこに行ったのか不思議なくらいだ。

 あかねが駅まで送ると言うのを断って、翔一は独りで駅までやって来た。

 昨日降り立った時とは反対に、足取りは軽い。

 改札を抜けてホームに降りる。最後尾の車両が停車する位置までやってきて、道路側に設けられたフェンスにもたれた。次の電車が来るまで、あと五分ほどある。


 戻ったら、先ずは皆に頭を下げよう。例え受け入れて貰えなくとも。

 監督にも、寮監さんにも、そして、誠や部員たちにも。しっかりと謝ろう。


 そんな事を考えていると、背後から声を掛けられた。

「しょうちゃん」

 振り返ると、そこには結衣が立っていた。

「お前、どうして……」

驚いて言うと、結衣は少しはにかみながら、道路側からフェンスに手を掛けた。

「しょうちゃん、私、応援してるからね」

 翔一の問いかけには答えず、結衣がそう言ってフェンスの隙間から手を伸ばす。

 握手を求められている事が解って、翔一は照れ臭そうに結衣の手を握った。

「私、応援してるから。しょうちゃんとまこっちゃんのこと、ずっと応援してるからね」

 にこりと笑う結衣の手を、力強く握り返す。

 そのまま二人で何もしゃべらないでいると、電車の到着を告げるアナウンスが流れた。

 そのアナウンスに紛れて、翔一が口を開く。

 きちんと伝えるには気恥ずかしい気持ちだった。

 程なくしてホームに入って来た電車の音で、翔一の言葉が消されてしまう。

 結衣は翔一の言葉を聞き取ろうと必死に耳を傾けた。


「俺が、連れてってやるから。甲子園」


 その言葉が、結衣に届いたのかは定かではない。

 結衣は、幼い子供のような満面の笑みを浮かべて翔一の手をぎゅっと握った。

「またね、しょうちゃん」

 手を振る結衣に僅かに微笑んで、翔一は電車に乗り込んだ。

 扉の窓から眺める景色が、だんだんと遠ざかって行く。



 カラカラと穏やかに回る風車の音が、聞こえたような気がした。

< 40 / 42 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop