祭囃子の夜に
外を流れる景色を視界に映しながら、翔一はただ空っぽになった頭を車窓に預けていた。
グラウンドから何も言わずに立ち去って、そして幼馴染に心無い言葉をあびせてから数時間後。
翔一は地元へ向かう電車に揺られていた。
翔一の地元は、城聖高校の最寄駅から電車を二回乗り継いで二時間ほどの距離に位置している。
同県内とはいえ交通の便が少々悪いのは田舎にありがちな理由である。
向かい合わせで四人座れる仕様の座席には翔一以外座っておらず、自分の横に大きなボストンバッグを座らせている。
あの後、まずは部室棟に寄り、ロッカーの中から必要なものだけ取り出して寮へ向かった。
いつも優しい寮監のオジサンが「おや、どうしたの」と声をかけてきたが、曖昧に答えて逃げ込むように自室へ入った。
同学年の部員と三人で使用している部屋に大した荷物は無く、差し当たり必要な着替えや教科書といった類をボストンバッグに詰め込んで、私服に着替えてから今度は寮監に見つからないように寮を抜け出した。
ボストンバッグには野球道具は何一つ入っていない。最後に着ていたユニフォームは、きちんと畳んで机の上に置いてきた。
それが今の翔一に出来る、精一杯のけじめのつもりだったのかも知れない。
地元の駅が近づくにつれ、翔一は家族の顔を思い出していた。
母ちゃんには悪い事をしたな。
せっかく女手一つで育てて来てくれたのに。
ねぇちゃんにもこっぴどく怒られるだろうな。
父ちゃんが生きてたら何て言うだろうか。
――ああ、そうか。
まずはこの事態を話さなくてはならないのか。
前後した思考がぐるぐると渦巻き、そして更に気持ちが重くなった。
予告の無い帰省の理由を話さずに過ごせるほど、世の中が自分中心に回っていない事は翔一にも理解が出来ている。
でも、せめて今日くらいは、なんとか。
「……に止まります。お降りの方は……」
そんな事をぼんやりと考えているうちに、目指す駅まで辿り着いていた。
どこか重い足を溜め息交じりに動かして、ボストンバッグを持ち上げる。
寮を出てきた時には気にする余裕も無かったが、バッグは思っていた以上に軽かった。
これが一年を過ごした重さか、と溜め息に自嘲が混ざる。