祭囃子の夜に
 年末ぶりに降り立つ地元の駅は、小さいながらも活気づいていた。

 行き交う、と言うには少ないが、道行く人々はどこかそわそわした様子で足早に歩いている。

 駅前の商店街にはいくつもの紅い提灯がぶら下がっており、より一層空気を盛り上げているように思えた。

「時例祭(じれいさい)か……」

 改札を出た先の掲示板に貼られたポスターが目に入ると、翔一はいつもより浮き足立った地元の空気に納得がいった。

 ポスターには、荘厳な神社を背景にして『時例祭』と地味ながらも印象に残る筆字が躍っている。

 時例祭は、地元でも大きな神社で古くから執り行われている祭である。

 神社に祀られている『時神様』を称える祭だという事は皆知っているが、多くの者にとっては何もない田舎のこの町が唯一活気づく『お祭り』の日だ。

 神輿連の男たちが祭囃子を引き連れて、重そうな神輿を担いで町を練り歩き、露天商の色とりどりの屋台があちこちの道路を埋める。

 翔一も中学を卒業するまでは誠を含めた野球部仲間で屋台を食べ歩いたり、金魚すくいに射的とその日を満喫したのを覚えている。

 何より翔一が好きなのは、この祭りの風習で祭りの数日前から家々の軒先に風車を飾る風景だった。

 主に朱を基調とした色合いの風車が、町中の家屋の軒先に飾られる。

 その風車が風で一斉にカタカタ回る様子は、なんだか綺麗で、楽しくて、不思議で。

 皆でそれを見るのが好きだった。


 たかだか二年前の出来事が、懐かしく思えた。

 そして、自分でも意識しないうちに当時の仲間たちの事を思い出していることに頭を振るう。


 思い出してどうなるってんだ。
 あの頃は楽しかったなんて、そんなことを。


 自然に寄った眉間の皺は、自動車の軽いクラクションの音ですっと消えた。


「翔一?」

 横から呼ぶ声にそちらを向くと、お世辞にも綺麗とは言えない軽トラックが自分と並走していた。

 ぎくり、とほんの一瞬身体が固まる。

 翔一の足が止まるのを見ると、軽トラもハザードを炊き路肩に寄せて停車した。

「アンタ、何やってんの」

 運転席からこちらに顔を向けたのは、松岡あかね――翔一の姉であった。

 大きな、それでいて気の強そうな瞳を少し細めて、訝しげにこちらを見ている。

 ただ見られているだけなのに睨まれているように感じるのは、この姉が発するオーラの所為なのか、それとも自分にやましい所があるからか。

 どっちもか、と思い直して少しだけ外していた視線をあかねに戻す。

 年末に顔を合わせたばかりだが、自分より十上のあかねの顔はその時よりも少し歳をとったように思えた。

 セミロングの明るい髪をポニーテールにひっつめて、顔や紺色の半袖ポロシャツの所々に乾いたセメントをひっつけている。

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