デキる女の方程式
未来への誓い
ホスピスには小さなマリア様の像が飾ってあった。
河本さんの病室に行く前は、いつもそこでお祈りを捧げから向かっていたけど、あの日から、私は祈るのをやめた。
祈っても祈らなくても、河本さんの病状は悪くなるばかりで、唯一の血縁者にも会えない。体力は日に日に落ちていくし、痛みも増していく。そんな日々に虚しさを感じてしまった。
それでも、ナースとして彼女と会う時は笑顔を作り、少しでも安らいで頂けるようにと心を配る。本来は、家族の方がするべき事を、代わりになってするより他に、自分ができる事は何もない。
「クリスチャンでありながら、お祈りもしないなんて、私は不届き者だね…」
ある日の夜、親友にお酒を飲みながら愚痴った。
親友は酔いながらも、無理して明るく努めようとする私に、
「レイラは昔から、何でもデキるように努力してきたから、何もできない自分が許せないんだね」
としみじみ言った。
「多分、そんなレイラの気持ちを、神様はちゃんと知ってると思うよ。マリア様の前でお祈りを捧げなくても、心の中に十字架を背負い苦しんでるレイラを、見過ごしたりしないって!」
いつか必ず、そんな苦しみが報われる日が来ると、まるで神父様のように諭す彼女の言葉を聞いて、
(来るなら一日も早く来て…河本さんの命の灯が消えてしまう…)
と、恨めしく思った。
そして、ついにこんな日がやって来た…。
「…先生、もっと…痛み止めを強くしてもらえますか…?」
弱々しい声で、痛みを自制できなくなった事を告げる彼女に、死が押し迫っているのを感じた。
先生は首を縦に振り、薬剤の量を増やしていく。徐々に痛みから解放される彼女は、ホッとしたように息を吐いた。
「これでもう…何処へでも行けます…」
意味深な言葉を最後に、目を閉じた。それからは、意識の混濁する日々が続いた。
河本さんは、時に目を開ける事はあっても、言葉は発せず、じっとドアの方を見つめている。
その向こうから、誰かが訪ねて来るのを、ずっと待っているようだと担当ナースは言った。
「子供さんかしら…」
何気ない一言が胸に刺さった。
河本さんは、やはり子供さんの事を忘れてはいない。こんな状態になっても、一目会いたいと思っている。
(それなのに、何も手助けできない…!)
悔しくて情けなくて、ジレンマに襲われる。
今日明日の命を、なんとか持ち堪えようと必死でいる河本さんに、結局、自分は何もしてやれない…。
親友の言葉通り、それが許せなかった。
お部屋へ伺ったその日も、ドアを開けるまでは暗い気持ちのままだった。
河本さんの病室に行く前は、いつもそこでお祈りを捧げから向かっていたけど、あの日から、私は祈るのをやめた。
祈っても祈らなくても、河本さんの病状は悪くなるばかりで、唯一の血縁者にも会えない。体力は日に日に落ちていくし、痛みも増していく。そんな日々に虚しさを感じてしまった。
それでも、ナースとして彼女と会う時は笑顔を作り、少しでも安らいで頂けるようにと心を配る。本来は、家族の方がするべき事を、代わりになってするより他に、自分ができる事は何もない。
「クリスチャンでありながら、お祈りもしないなんて、私は不届き者だね…」
ある日の夜、親友にお酒を飲みながら愚痴った。
親友は酔いながらも、無理して明るく努めようとする私に、
「レイラは昔から、何でもデキるように努力してきたから、何もできない自分が許せないんだね」
としみじみ言った。
「多分、そんなレイラの気持ちを、神様はちゃんと知ってると思うよ。マリア様の前でお祈りを捧げなくても、心の中に十字架を背負い苦しんでるレイラを、見過ごしたりしないって!」
いつか必ず、そんな苦しみが報われる日が来ると、まるで神父様のように諭す彼女の言葉を聞いて、
(来るなら一日も早く来て…河本さんの命の灯が消えてしまう…)
と、恨めしく思った。
そして、ついにこんな日がやって来た…。
「…先生、もっと…痛み止めを強くしてもらえますか…?」
弱々しい声で、痛みを自制できなくなった事を告げる彼女に、死が押し迫っているのを感じた。
先生は首を縦に振り、薬剤の量を増やしていく。徐々に痛みから解放される彼女は、ホッとしたように息を吐いた。
「これでもう…何処へでも行けます…」
意味深な言葉を最後に、目を閉じた。それからは、意識の混濁する日々が続いた。
河本さんは、時に目を開ける事はあっても、言葉は発せず、じっとドアの方を見つめている。
その向こうから、誰かが訪ねて来るのを、ずっと待っているようだと担当ナースは言った。
「子供さんかしら…」
何気ない一言が胸に刺さった。
河本さんは、やはり子供さんの事を忘れてはいない。こんな状態になっても、一目会いたいと思っている。
(それなのに、何も手助けできない…!)
悔しくて情けなくて、ジレンマに襲われる。
今日明日の命を、なんとか持ち堪えようと必死でいる河本さんに、結局、自分は何もしてやれない…。
親友の言葉通り、それが許せなかった。
お部屋へ伺ったその日も、ドアを開けるまでは暗い気持ちのままだった。