幕末の月
昔着ていたお気に入りの赤いパーカー。
迷ったけど、結局持ってきてしまった。
思ったより寒い。外の空気を吸うのは半年ぶり。
ずっと部屋の中にいたからあまり意識していなかったけど、気付けばもう12月に入っていた。
パーカーのフードを被り、ポケットに手を入れる。息が白い。
堤防沿いにずっと、河原の方でも行こうか。
最後に川を見たのはいつだったかな。
前は、事あるごとに川を見に行っていた。
河原に座ってただぼーっと水の流れを見ている。それだけで、心が落ち着いた。
でも今は何と無く川が見たくなくて、
空が見たくなくて、
寒いけどパーカーを脱いで頭に掛ける。
空も川も見えなくて、
そこに広がるのはただの赤。
このまま何もかもが終わってしまえばいいのに
「あっ」
赤が一気に重っ苦しい青に塗り替えられた。
突風で飛ばされてしまったパーカーを追いかけて川に入る。
「冷たっ…」
凍えそうに冷たい、が今はそんなことを言ってられない。
水を掻き分け、伸ばした右手に掴んだ感覚。
パーカーを引き寄せ、ギュッと抱きしめる。
もしこれを失ったら私は…。
今度こそ、本当に壊れてしまうかもしれない。
「…っ⁉︎」
足が、急に行き場を無くす。
流れに、飲み込まれる…!
…
…
だけど、
私は足掻こうと思わなかった。
このままいけば、死ねるだろう。
私も、みんなのところにいける。
だんだん水面が遠くなっていき、視界が暗くなり始める。
…!
そこに、何かが投げ込まれる。
誰かの手…?
確かに近づいて来るその手に、私は、
________死にたくない…
反射的に手を掴んでしまった。
何で死にたくないと思ったのか、わからないけど、私には死ぬ勇気なんて大層なモノ、持っていなかった。
持っていたら私はとっくにあの世だ。
「ぷはっ!…っはあ、はあ…」
「げほ、はあっ、…っ大丈夫?」
助かったみたい。
服とパーカーの水を絞る。スマホは使い物にならなさそう。
息を整えると、私を助けた手の主が見えた。
「…ありがとうござっ⁉︎…‼︎」
途切れかけてた意識が今、完全に途切れた。
「ちょっ、総司⁉︎何してんだよ!」
「…うるさいなぁ。僕、この子の所為で団子食べられなくなったんだよ?
それに、なんかこの子服装とか変だし。もしかしたら長州の人間かもね。
屯所に連れて行こっか」
「あっ!待てよ!」