幕末の月
「…いきなりいなくなったと思ったら、どういう状況なのこれ?」
冷静さの中に呆れが入った声で問いかける沖田さんの目つきは鋭く、相手を決して逃がさない。
「くそ…っ!」
そう言い残し、2人の男は去っていった。
残されたのは私と沖田さん。
「その、沖田さんは何で…」
「何でもなにも、君がいなくなったからその辺を探してたらなんか殺されそうだったからさ」
今の沖田さんからはさっきまでの鋭い目つきは消えていて、いつもの飄々とした雰囲気に戻っている。
「そうですか…、ありがとうございます」
私がそうお礼を言うと少しの間黙って考え事をしているようだった。
「ふーん、そっか」
そう言いながらこっちへ歩いてくる。
「ありがとう、ねえ…」
反射的に後ずさりをしてしまい、気づいたら背が壁に当たっていた。
沖田さんは左手を壁につき、私の逃げ道を塞ぐ。
「な、なんですか…」
「いや?一応いきなりいなくなった言い訳でも聞こうかなあって」
ああその事か。
「…袴の裾がほつれてしまって。これ以上つまづかないように糸を結んでおこうと思ったんです」
素直に理由を述べると
「…まあ、聞いたところで迷惑に変わりはないんだけどね」
そう言って腰の刀に手をかける。
「…」
沖田さんの呼吸一つ、動き一つに全神経を尖らせているとふいに
「ま、斬らないけどね」
…は?
「いや、え、沖田さん?」
「なに、君は僕に斬られたいの?」
そういうことじゃなくて…!
「なんで斬らないんですか?」
私は確かに迷惑をかけた。
斬られたって文句は言えない。
「だって君を斬ると近藤さんに怒られそうだもん」
唇を尖らせながら子供のように言う沖田さん。
「…それだけ?」
「うん、そうだけど。文句ある?」
いや、言っても聞かないくせに…。