CHECKMATE


張り詰めた空気を纏う車内とは裏腹に、その後、美穂は1度も姿を現さない。

「班長。もしかして、水島から引き抜いた額が額だけに、今日はもう終了なんじゃないですか?」
「………そうかもしれないな。まぁ、罪を重ねないんだからヨシとしたい所だが、女が動いてくれない事には……」

美穂が店に入って既に5時間が経過していた。
一瞬の気の緩みも許さない状況の中、集中力も欠け始める頃である。

千葉は後部座席とを間仕切るカーテンの隙間からそっと覗くと、夏桜はシートを少し倒し目を閉じている。
暗くて顔色は窺えないが、弱音を吐かない所を見ると、相当辛いのかもしれない。

張り込み馴れしている千葉であっても、極度の緊張感と課せられた責務の重さで想像以上に堪える。
それが、デスクワークしかしないような化学者が、第一線に立つ刑事と共に行動していては身体も壊すというもの。

しかも、夏桜は元々体調が優れない中、奮闘している。
出来る事なら事件から外して遣りたいという衝動に駆られる千葉であった。


深夜1時過ぎ。
閉店を迎えたクラブ『AQUA』の入口から、美穂が姿を現した。

「東、……東、起きろ!」
「………あっ、はい」

カーテンを少し開け、夏桜を起こす千葉。

「出るぞ」
「………はい」

美穂の後を追うように、千葉と夏桜が夜の街に溶け込んでゆく。

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