CHECKMATE


夏桜は急いでベッドへと舞い戻った。
乱れる息を必死に整え、目を瞑り息を殺していると。
ドアが開く音がし、ベッドへと向かってくる千葉の気配を感じた。

夏桜は未だかつてない緊張感に襲われ、無意識に体を捻り、寝返りを打った。

「起きてるのか?」

万事休す。
寝返りを打った方向が、何と、千葉が歩み寄った方であった。

千葉に悟られないように背中を向けたはずが、千葉に見えやすい角度に向きを変えてしまったのだ。
もはや、開き直った方が良さそうなほどなのに、体が言うことを聞かない。

上体を起こすどころか、瞼さえ開けないのである。

夏桜は、ただただ息を殺してじっとしているしか出来なかった。
すると、ギッとベッドが軋み、腰の辺りが沈み込んだ。

さらに、額にひんやりとした指の感触がしたと思えば、前髪が僅かに動き、微かに煙草の香りが鼻腔を擽った。

千葉の行動が予測不能で、夏桜は今にも心臓が止まりそうであった。

「頼むから、無茶だけはするなよ」

煙草の香りを纏った指先は、そっと優しく夏桜の頭を撫でた。

緊張はピークに達し、呼吸もままならなかった夏桜は、軽く意識を手放していた。
気が付くと、既にそこには千葉の姿は無く、リビングから漏れてくる明かりも無かった。

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