CHECKMATE
再び停止させた夏桜、無言で千葉に視線を向けた。
「…………白っぽい箱か?」
「ん」
夏桜は小さく頷くと、席を立ちキッチンへと向かった。
戻ってきた彼女の手には、先ほど目にした白い箱と同じような物が。
「それは……?」
「今日、あの病院で貰って来たの」
「あの医師が言ってた注射用の薬剤か?
「ううん、それとは別で、注射用の薬剤は冷蔵庫に入ってる」
「じゃあ、それは?」
夏桜が箱を開けると、中から吸入器のような物が姿を現した。
「これはスプレキュアというGnRH誘導体製剤で、通常、子宮内膜症や子宮筋腫など症状を改善する為の薬剤なんだけど、卵胞を成熟させて排卵をコントロールする事も出来るから、排卵誘発剤としても使われてるものなの。同じ成分で、注射用の薬剤もあって、医師が言ってたのはそれの事よ」
「じゃあ、何でそれも?」
「医師の手前、最初から両方欲しいとは言いづらいじゃない。だから、ハードルが高い注射用の薬剤を貰う手筈にしておいたの」
「で?
「一輝が待合室で待っている間に、私は処置室に呼ばれたでしょ?」
「あぁ」「処置室では、注射用の薬剤の取り扱い方の説明を受けてて、その時に、万が一の時の為にこれも処方して貰えるように頼んだって訳」
「なるほどな」
「不妊治療している人達って、長い期間継続して服薬や注射をしなければならなくて、病院に通院するのも結構負担なのよ。だから、勇気のある女性なら、個人責任で自己注射している人も多いわ」
「無資格でか?」
「………えぇ、それが現実だから。家族や友人に看護師や医師がいる人だなんて少ないもの」
千葉は不妊治療に関する過酷な現状を初めて目の当たりにしたのだった。