CHECKMATE
「陽介っ、大変!」
「何?……どうかしたの?」
診療開始30分前の院内。
白衣姿の陽介は、既に培養室で細胞分裂の状態を確認していた。
そんな陽介に耳打ちする。
一瞬顔を歪ませた陽介だったが、顕微鏡から顔を上げた彼は、晴れやかな表情をしていた。
「もう諦めろよ、姉貴。……年貢の納め時ってもんがあるだろ」
「嫌よっ!ここまで来るのに、どれだけ犠牲を払って来たか、知ってるでしょ?」
「けど、姉貴が犠牲を払ってる以上に、犠牲になってる人がいるってことを忘れちゃ駄目だろ」
「っ………、じゃあ、アンタはどうするつもり?」
「俺は逃げも隠れもしない。自分が犯した罪は、自分自身で償うつもりだ。逃げたきゃ逃げればいい。姉貴の好きにしろよ、俺はもう何も言わないから」
陽介の言葉に姉の友美は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「裁判所から令状が出るまで少し時間があるから、考え直すなら今のうちよ?」
「ハイハイ、分かった分かった。俺は俺の好きなようにするから、姉貴も自分がしたいようにすればいいって。気が散るから出てってくれる?」
陽介は大きな溜息を吐き、パソコンにデータを入力し始めた
姉の友美は下唇をぎゅっと噛みしめ、踵を返す。
「午前の診療はするから。その後は………」
陽介に背を向けた状態で友美は消え入りそうな声で呟く。
「今までありがとな………姉貴」
「っ………」
姉の友美は涙をグッと堪え、その場を後にした。
幼い頃に母親を亡くした姉弟。
日中はお手伝いさんがいるとはいえ、はやり昼夜問わず忙しい父親には甘えられず、寂しい想いをしていた。
弟の陽介はまだ甘えたい盛りだったため、姉の友美はいつでも弟を最優先して過ごして来た。
姉であり、友であり、時には母親のような存在で。
だからこそ、間違った道だと分かっていても、姉の力になりたかったのだ。