夢のような恋だった
プロローグ
『お誕生日おめでとう。そんなに遠くないんだからたまには帰ってきなさい。
お父さんも彩治(さいじ)も心配してるわよ。
プレゼント、用意してるから。送らないから取りに来てね。
じゃあ。……全く、遅めの反抗期ねぇ』
薄暗い部屋の中、電話は留守録を告げながら薄緑色の光を放つ。
そういえば今日が誕生日だったかと思ったのは、録音された母親の声が途切れた後だ。
最後の一言は、録音するつもりがあったのだろうか。
でも、そのつもりがあったにせよ無かったにせよ、こちらに聞こえてしまったならば過程など関係ないか。
現実はいつだって結果が全てで、そこに至るまでの経緯や物思いは道路に落ちる砂粒と同じ。
確かに存在するのに、まるで無いものであるかのように扱われる。
私はため息とともに部屋の明かりとエアコンをつける。
窓ガラスに見えていた夜景が室内の反射に変わったのでカーテンも引いた。
それにしても“遅めの反抗期”とは言い得て妙だな、と思う。
確かに、ここ数年私は自分がどう動いたらいいのか分からない。
ずっと誰かのためにいい子になろうとしてきた。
お母さんのため、おばあちゃんのため、お父さんのため、サイちゃんのため、……彼のため。
いつだって自分の為じゃなかったから、“誰か”がいなくなった途端どうしたらいいのかわからなくなった。
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