夢のような恋だった
口元を抑えて嗚咽をあげた時、不意に背中側から脇を掴まれ、体を持ち上げられた。
「……え?」
「なにやってんだよ」
男の人が、私の体を軽々と持ち上げる。
地面に足をつけ振り向いて、信じられなくてまばたきをする。
それは、もう行ってしまったと思いこんでいた智くんだった。
「……運動音痴のくせに」
泣きそうな声をだしたかと思ったら、しゃがみこんで擦りむいた私の膝小僧の土埃を払うような仕草をするから、私は思わず彼の首にしがみついた。
「行かないで」
「うわっ」
くしゃくしゃの髪が、私の頬に触れる。
離したら消えてしまう気がして、必死にしがみついて泣いた。
「お願いお願い。行かないで、智くんお願い……」
涙が溢れて周りが見えない。
智くんだってきっと困った顔をしている。
それでも渾身の力を込めて彼の服を掴んだ。
壊れたCDみたいに何度も彼の名前と「行かないで」を繰り返していたら、耳を疑うような声が届く。
「紗優」
私の名前。
彼の声で呼ばれたそれは無性に温かく、体中にしみこんでいくみたい。
彼の手が私の髪を掬う。
「……紗優」
もっと呼んで欲しい。
許さなくてもいいから、私の前から逃げないで。