夢のような恋だった
「智くん。お願い、話をきいて」
泣きじゃくった挙句に彼が逃げるのも許さない私を、彼はどう思っただろう。
彼はしばらくじっとしていたかと思うと、背中に手がまわり、起き上がりがてら私を抱き上げる。
「え、えっ」
「こんな人目につくとこで話できない」
「ちょ」
「移動するよ」
まるで荷物を運ぶみたいに私を抱えて、彼は人だかりの中を突き抜けていった。
普段なら、そこから抜けだしてしまえば群衆の一部になれるのだけれど、私が抱きかかえられているという異常な状況だからか、好奇の眼差しは何処に行っても向けられる。
結果、智くんは私を抱きかかえたまま、五分くらい走り続けていた。
ようやく辿り着いたのは駅ビルの並びの路地裏だ。
私をおろした彼はさすがに息が切れていて、ずっと肩で息をしていた。
飲み物でもと思うけど、目を離している内にいなくなられるのが嫌で、私は声をかけることしかできない。
「……大丈夫?」
彼はちらりと私を見て、荒い息のまま頷いた。
そのまま、私達は沈黙してしまう。
何から伝えればいいのか分からなくなる。
さっきみたいに、勢いで言えてしまえたらいいのに。