夢のような恋だった
「あ、在った。あれだ」
歩道の一角に落ちている袋。
周りの人が一瞥しつつも拾うでもなく視線だけを浴びている。
その瞬間、智くんは駈け出した。
ちゃんと掴んでいたつもりなのに、一瞬で指先から彼の服が抜けていって、胸がざわつく。
「……あ」
掴んだってすぐすり抜けちゃう。
智くんは私のものじゃない。自由に動く権利がある。
不安に思って彼の背中を見つめていると、紙袋を拾い上げてすぐ私の方を向いて戻ってきた。
それこそ、行った時と同じ速度で。
安堵で肩から力が抜けてくる。
信じても大丈夫?
智くんはもう逃げたりしない?
「おまたせ。まあ、もう一冊持ってるんだけど。サイン書いてもらったのはこれだけだし」
「……他にも買ってくれてたの?」
問いかけたら、智くんはくりくりした目を一瞬見開いて、一気に顔を真っ赤にした。
「や、だって。本名だったから本屋で見れば分かるじゃん」
「でも、児童書だよ? 智くんが本屋で立ち寄るような場所じゃないのに」
「それはっ……」
智くんは立ち止まって、今度はしゃがみ込む。
上から下への視点移動に私は一瞬置いて行かれて空を見つめた。
ようやく智くんのつむじを見つめると、ボソリと小さな声が続く。