夢のような恋だった
贅沢な言い分だと思うけど、今は構われたくないし大事にもされたくない。
今の自分を嫌いだと思うだけに、大事にされたらやりきれなくなる。
「ね、サイちゃん、私やっぱり……」
帰ろうかなと言おうとしたら、電話口の声がお母さんのものに変わった。
『紗優?』
私とよく似た声色。一瞬自分自身に問いかけられたようでドキリとする。
「お、母さん」
『待ってるからすぐいらっしゃい?』
「うん、でも」
『逃げようとしても無駄よ。もう英治くんが出て行ったから』
「出てったって?」
すると確かに家の方角から車がやって来る。
今のお父さんの車は深緑のセダンだ。
私が呆けているうちに近くまで来た車は私の目の前で停まり、運転手側の窓が開く。
マンションから駅まではほんの数分の距離なのに、窓が開くとお父さんの顔が見えたと同時に冷気も感じられた。
「紗優。ようやく来たな」
「……お父さん」
『切るわよ。早くいらっしゃい』
端的に告げたお母さんの声が、ズシリと胃の辺りに落ちた。