夢のような恋だった
促されるまま助手席に乗り込んだ私は、お父さんの横顔をそっと見つめた。
お父さんは前を向いたまま、シワの寄った口元に笑みを浮かべている。
「久しぶりだな」
GWに来た時も、適当な理由をつけて二時間程度で帰った。
じっくり話をするのなんて相当久しぶりだ。
「お父さん、元気?」
「紗優が来ないから元気じゃない」
「やめてよ」
「……冗談だよ」
急に軽い声になったけれど、顔はこわばってしまったように感じる。
“冗談だよ”って魔法みたいな言葉だ。
私がこんな風に距離を置くようになってから、お父さんはよくこの言葉を使うようになった。
気まずくなった空気もこの一言でなんとなく流せる気がする。
ほんの数分で家についた。迎えなんか必要ないほどの距離なのだから当然だ。
お父さんとお母さんが再婚した時から住んでいるマンションは、多少古びたものの作りはしっかりしている。
最近壁を塗り替えたらしく、一見すると新しいようにも見えた。
「紗優こそ元気だったか?」
今度はお父さんの方から話しかけてくる。私は小さく頷くだけの返事をした。
「……智(さとる)くんは帰ってるそうだぞ」
その名前にぎくりとして、聞こえなかったふりをしてマンションのエントランスをくぐる。
お父さんは余計な気を回しすぎだ。
今更、彼の近況なんて聞いても仕方ないし、聞きたくない。