夢のような恋だった



 結局引っ越しを終えたのは、同棲しようと決めてから三ヶ月も経ってからだった。

 壁をあらかた塗り終えた部屋に、今まで使っていた家具を持ち寄って、テイストの似たものを同じ部屋に置くようにした。

お客さんが来ても困らないように茶碗やカップを揃えたり、リビングに敷くカーペットがなかなか決められなかったり。

一緒に休める日があまりなかったので時間はどんどん過ぎてしまった。


 私の仕事はメールでのやりとりが多いので、通信回線が繋がらないと本格的には住み始められなくて。

諸々の問題が解決して住み始めたのは昨日だ。


 そして、昨日は私の絵本の発売日でもある。
その前に見本紙が届いていたし、引っ越しのバタバタもあって本屋に見には行かなかった。

智くんは見本紙の一冊を取り出して、「ほら書いて、サイン」と急かす。


「サインなんて書き慣れない」

「だから練習するんでしょ」

「サイン会なんて多分一生しないもん」


そっぽ向いたら、絵本で軽く頭を叩かれる。


「俺はこれからも毎回頼むつもりだけど。これも一種のサイン会じゃないの?」


ぐうの音も出なくなって、私はペンを取った。
だったらもう少し格好いいサインを考えなくちゃ、なんて思いながら。

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