ジャスミン
『そんなことより!茉莉来てるよね?』

『茉莉さんですか?そんなに切羽詰まったようなお顔をされて…よほど大切なお方なのですね。』

颯太郎の質問は想定内だったのか、全く動じる事もなく笑みを浮かべる。

『芳江さん!はぐらかさないで答えて。』

『あらまぁ。そうですね、茉莉さんとおっしゃる女性なら先程までいらしてましたけど、もうお帰りになりましたよ。』

ひと足遅かったようだ。
颯太郎は茉莉を追いかけるべきか、先に母親と対峙するべきかを迷うが、先ずは茉莉に何を言ったのかを聞くのが先決と判断すると靴を脱ぎ、母親がいるであろう部屋へと向かう。


『坊っちゃんお待ちください。』

声に振り返ると先程とは打って変わり真面目な表情を浮かべた芳江が口を開く。

『奥様はこの金子のお家とそれ以上に颯太郎坊っちゃんたちを大切に想っていらっしゃいますよ。』

『……。』

颯太郎は何も言い返すことなく、目的の部屋へと歩き始めた。


『…大丈夫ですよ。』

そんな颯太郎の後ろ姿を見送りながら芳江は優しく微笑んだ。
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