男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
あなたの発言で、今〔院長室(ここ)〕に居る“男性陣”全員…相当ご立腹ですよ。

特に、院長先生と…うちの“黒薔薇”が。
内科病棟のPCの点検に行った時、私を罵倒したことを後悔する結果にならなきゃいいですね。

それにしても。課長って…本気で怒ってる時、本当に空気凍らせるのね。

そうすることで、課長も自分を守ってるんですよね。

ごめんなさい、課長…。
本当にいつも、【嫌われ役】を買って出ていただき…ありがとうございます。

でも…私はそんなあなたが心配です。
課長が私にして下さっているように、あなたの【溜めているもの】を吐かせてくれる人はいますか?

「もしもし、桜葉です。あっ、工藤さん。それがですね、実は――。」

ごめんね。桜葉くんも、仕事止めてて……。
工藤さんも待っててくれてるのに…。

私が"ごめん!"と、手振りと口パクで謝ると…桜葉くんも"良いですよ!"と口パクで伝えてくれる。

でも…そのすぐ後に、課長は桜葉くんに"何か"の指示を出していた。

あぁ。おそらく工藤さんが…もうここに向かって来る時間なのね。
ごめんなさい、あとで工藤さんにも謝らなきゃ…。

それはそうと…。どうしようかしら。
このままだと、本当に永遠と平行線だから(らち)が明かないんだけど…。

「{皆川さん。何を騒いでるの、廊下まで響いてるわよ。それにその言葉遣いは何ですか!?一体誰と話しているの、と思ったけど…通話先、〔院長室〕じゃない。確か今日はパソコンのメンテナンスに“〔プラチナ・コンピューター〕さん”がいらっしゃるって副院長が言ってたけど…。あなた…まさか!}」

「{い、池内師長!あの、これはその…。}」

あっ、池内師長さん。助かります、代わってくれる流れかな…。

「{とにかく代わりなさい。…もしもし。内科病棟、看護師長の池内ですが――。}」

「もしもし、池内看護師長さん。2週間ほど前の定期検診ではお世話になりました、〔Platina Computer 営業1課〕の姫野 雅でございます。」

「{あら。姫野さん、こんにちは。あっ、そうだった。あなたも“〔プラチナ・コンピューター〕さん”にお勤めでしたね。今日はパソコンのメンテナンスありがとうございます。それで、ご用件は何だったかしら?……ごめんなさい、私が会議に出ていたものだから――。}」

「いえ、滅相もないです。会議、お疲れ様でございました。……はい、それで本題ですが――。現在、症状が発生中のグレースクリーン…【灰色の画面に黒字で英文が表示される現象】について、詳細をお聞かせいただきたいのですが…。」

「{あぁ、昨日とか今朝から出てる画面のことですね。ただ、私…英語得意じゃないのよ。}」

「池内師長さんがお手間でなければ、一文字ずつ読み上げていただいても構いませんが…。」

そう提案してみるものの、池内師長さんには「一文字ずつ読み上げるなんて手間がかかるし、申し訳ないわよ。」と渋られる。

私は英文分かるから…確実に一文字ずつ伝えてくれるなら、それでも良いんだけれど…。

「{あっ。皆川さん、【ラウンド】…佐久間(さくま)くんと代わってきて。『師長が呼んでるから至急ナースステーションに戻って。』って伝言もよろしく。}」

あっ、“佐久間看護師さん”ね。

受話器の向こうで、「私が行くんですか…?」と憂鬱そうに師長さんに聞き返している皆川さんの声が聞こえる。
しかし「そう。」と師長さんに言い切られた皆川さんは渋々【ラウンド】へ向かったのだろう。
彼女の足音がだんだんと遠ざかっていくのを私は受話器に聞いていた。

【ラウンド】とは、病棟や病室内の見回りを意味する業界用語だと聞いた記憶がある。

「姫野さん、少しだけお待ち下さいね。すぐ来ると思いますから、佐久間看護師が。彼なら私や“副院長”よりは、あなた方の言っていることが伝わりやすいと思いますから。」

「ありがとうございます、池内師長さん。」

「{姫野さん…。うちの皆川があなたに変な態度を取らなかったかしら?}」

「池内師長、横から失礼するよ…私だ。」

「{本条院長?えっと…。}」

「あぁ、すまない。いきなりで驚かせたね。実は少し前から受話器を【スピーカー】にして、皆川さんと姫野さんの会話を“私たち”も聞いていたんだよ。それで、先ほどの師長の質問については後から姫野さんたちが内科病棟のパソコンの点検に行かれる時に…私も同行することにして、その時に説明するよ。」

えっ、院長先生も今から一緒に回るんですか!?
観月くん、桜葉くん、津田くんは驚き…本条先生と課長は苦笑いしている。

さすがに、これには…私もビックリだ。

「{あぁ、そういうことでしたか…。突然院長の声が聞こえてきたので驚きました。…分かりました。では後ほど。…あっ、佐久間くんが来たから電話代わるわね。姫野さん。}」

「あっ。はい、ありがとうございます。」

私がそう返事すると、師長さんが佐久間さんに事情を軽く伝えてくれているようで…説明する声が断片的に聞こえてきた。

「{もしもし、姫野さん。お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。ご無沙汰しております、佐久間です。そして大変失礼ですが、僕と話しても大丈夫なんでしたっけ?嫌悪感等ありませんか?}」

「ご無沙汰しておりました。佐久間さんは【私との接し方】、把握して下さっていますし…私の方も慣れましたから大丈夫です。それに、今は受話器を【ハンズフリー】にして耳から離した状態で通話しているので問題ありません。」

「{良かった~。そう言っていただけて…。【ハンズフリー】……そうか、それなら良かったです。さて。お急ぎとのことなので、本題に入りましょうか。トラブルが認められているPCは今順番に起動してますので、少々お待ち下さい。…あー。3台とも見事に出てますねー。グレースクリーンが。}」

「おそらく英文でエラーの内容が書かれていると思うのですが、読み上げていただくことは可能でしょうか?」

「{全文読み上げられるかどうかが、何とも言えないのですが…。}」

「私がこの3月まで在籍しておりました部署が…業務上、英語の使用が必須となるシーンも多くあった部署でしたので、アルファベット一文字ずつ…もしくは読める範囲の英単語を伝えていただければ…自分で訳しておおよそを理解することは可能です。そこはお任せ下さいませ。」

「{あっ、そうなんですね。失礼しました。…では、読み上げます。『A() problem(プロブレム)…えっと、その次が…何か単語を一つ挟んで"OS"と書かいてあり、次にshut down(シャットダウン)。そして、いくつかの単語が続き…1ブロック目の最後文章はyour computer(ユアー コンピューター)。…となっていますね。}」

"あぁ、なるほど。問題が起きたから【Platina OS】を保護するためにシャットダウンしました。"みたいな内容だわ。

「読み上げありがとうございます。えっと、おおよそ『問題が検出されたので、"Platina OS"はコンピューター保護のためにシャットダウンしました。』という内容ですね。…では、次は何と書かれていますでしょうか?」

「{えっと、次はですね――。}」

佐久間さんの、これ以降の話の続きはこうだ――。

日本語に訳すと…「このエラー画面を初めて見た場合には再起動して下さい。」や「再起動してもこの問題が解決しない場合は、以下の手順に従って操作を行い問題に対処して下さい。」という英文が書かれているらしい。
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