男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
23th Data “上司”の【建前】、“男”の【本音】 ◆昴 side◆
カタカタ、カチ、カチ、カタカタ…カチカチ……。
静寂に包まれた室内に響く、タイピングやクリックの音。
普段は聞き心地が良いと思えているその音が、今日は…とういうか、今は俺の心をザワつかせた。
「ふぅ〜。」
姫野さんは大丈夫だろうか…?
【マスターPC】のメンテもあったとはいえ、彼女を【敵意の目】の多いところへ…観月たち【若手の連中】と行かせて、果たして正解だったのか?
彼女にとって、何が【一番良い選択肢】だったんだ?
【マスターPC】のメンテを後にしてでも、俺が姫野さんの傍に居るべきだったか?
それにしても――。
―「女のあんたに分かるとは思えないって言ってんの。一回で言われたことが分かんないなんてバカよ?姫野さん。まったく、ドクター2人といい…昴さんといい、こんな“か弱いフリしてるだけの女”のどこが良いのかしら。」―
女性のSEだって少しずつ増えてきてる風潮がある中で、皆川の"あの発言"はどうなんだ。
姫野さんを【バカ呼ばわり】するとは……いい度胸だ。
俺の部下にケンカを売るってことは、俺にケンカを売ったも同然だ。
それに、“自分が惚れてる女”をバカにされて黙ってる男は…そう居ない。
そこはキッチリ【理論】で返させてもらうとしよう。
姫野さんは“あんな女”なんかより…ずっと賢い。
人を【バカ呼ばわり】する、"性格ブス"とは違う。
人をバカにしてるうちは、父さんや兄さん…そして俺が【なぜ姫野さんを気に入るのか】なんて、皆川には分からないだろう。
「昴?どうした?ボーッとしてないか?」
「…あっ、あぁ。何でもない。」
「お前がPC触ってる最中に他のことに気を取られてるなんて…珍しいな、昴。…姫野さんのこと、気になる?」
兄さん。その、ニヤニヤするわけでもなく、澄ました感じで意味深な笑顔浮かべるの…やめないか?
「はぁ?…と言いたいところだが、おそらく…そうなんだろうな。」
「…えっ、お前が素直に認めるなんて…熱でもある?」
「うるせーな。」
こんな空気には付き合わないのが得策だろうと考え、気合いを入れ直して仕事を再開しようとしてるのに――。
「相当惚れたな、お前。女性に対して、あんなに穏やかな表情した昴を見たのって“袴田さん”以来だと思う。……大丈夫だよ、父さんが付いてるんだから。【攻撃】なんてしないだろう。」
「だったら、何だよ。そうだよ、惚れてて悪いか。あんな“魅力的な女性”…そう簡単には出逢えない、今回はどれだけ時間がかかっても口説き落とすつもりだ。……“奈々美”か。何か懐かしい名前引っぱり出してきたな。そうか?その自覚は無かった。甘いな、兄さん。まったく…お人好しがすぎるぜ。……女はそんなに単純じゃねぇよ。」
「…お前から【そんな言葉】が出てくるとは思わなかった。……うん?お人好し?そんなつもり無いけど…。」
“明菜義姉さん”も大変だな…。
「相変わらずの無自覚かよ。……会社の“バカな女連中”見てても何かにつけて“誰かしらを【攻撃】してる奴”は居るし、本当に誇りを持って物事に取り組んでる人間は、下積み経験もあるから自信があって動じない奴が多い。その類いの人間は、他人に構う暇があるなら【自分磨き】に時間を割くからな。」
バカに構ってる暇は無いんだよなー。
「ただ周りが意味なく過剰に褒めて…『私は(俺は)できる!』って変に胡座を掻いて“【経験が伴わない自信】だけを持った奴”は、高確率で他人を【攻撃】する。自分の地位や居場所を脅かされたくないからな。会社の“バカな女連中”や、奈緒子はそのタイプだったんだろう。…おかげで痛い目に遭った。」
「奈緒子って、最終的にお前と大ゲンカして別れたって言ってた…あの“間宮さん”か?」
「あぁ。その“間宮さん”だ。……それにこの2週間で、『やっぱり私は幼稚な考えの【女の園】には居られない、無理。』って言葉を姫野さんがボソッと言ったのを通りすがりに3回は聞いてるからな。幸い、騒ぐようなことにはなっていないから様子を見てる。だが、あんな発言は…何も【事】が起こっていないなら出てこない。」
「確かにな。気をつけててやれよ?昴。」
「あぁ、言われるまでもねぇよ。」
兄さんにそんな言葉を掛けた後、俺は再び黙って【マスターPC】にコマンドを打ち込んでメンテナンス作業を進めていく。
作業を進めている間も、父さんや観月と姫野さんが談笑している様子が耳に届いた。
そして、病棟に着いてからの話題は【俺の工具】に関しての雑談が聞こえてきて、内心で"まだ引っぱってんのかよ…その話題!"とツッコミを入れた。
「{あ、“シュウ”来た来た!悪い。HDDだけ持ってきて…工具、院長先生の部屋に忘れて来ちゃってたから助かった。}」
「{樹…お前、忘れんなよ。"課長の私物"持ってんの緊張するんだからさー。}」
「{“シュウ”、お前ホント…ビビリすぎ。実際、課長の工具使ったところで…“あの人”が俺たちに何かしてきたことないじゃん。}」
そうだぜ、どんだけビビってんだ。
工具使ったところでお前らに怒ったことないだろ。
「{だってさぁ…。何か緊張しねぇ?課長がどんだけ【箱】も【中】もイジるの好きか知ってるし、一式揃えてるしさ…。}」
まぁ。そこを気にしてくれるのは嬉しいし、だからお前らは好きなんだがな。
それより、いきなり【箱】とか【中】とか言ってんじゃねぇ。
姫野さん…わけ分からず聞いてるぞ、絶対。
「{まぁ、言いたいことは分かるけど…。それより“シュウ”は【もう1台のグレースクリーンPC】のバックアップ取ってってば。あんまり作業進んでないと課長にまたドヤされるよ?【incomily】で聞こえてんだから。}」
よく分かってんじゃねぇか、桜葉。
「こちら本条。コラ、"工具壊しそう"云々でそこまで話を引っぱるな。それに、いきなり【箱】とか【中】とか言ってんじゃねぇよ。『内輪の話する時は気をつけろ。』って言ってるよな。」
怒るわけじゃなく…冗談めかして釘を刺してやると、小さく4人の笑い声が聞こえてきた。
「俺たちみたいに、理工系の大学出てる津田は【耳にする単語】だと思うが…姫野さんには、おそらく耳馴染み無いと思うぞ。姫野さん、悪いな。混乱してないか?…【箱】ってのはPC本体…いわゆるボディのことで、【中】ってのは【内部パーツを見ること】もしくはプログラミング調整の意味で使われることが多い。」
そう教えてやると、「そういうことなんですね。」と納得の様子を示してくれた姫野さん。
「姫野さんと津田に…最低限の業務指示はちゃんと出してやれよ。2人とも。」
俺が改めてそう伝えると、桜葉が「もちろんです、本条課長。」と言い、姫野さんに指示を出す音声が聞こえてきた。
「{“姫野さん”。これ以外だと【『ハードが破損している可能性があります。』ってエラーメッセージが出てるPC】と【動作が遅いPC】と【電源がつかないPC】があります。どれか対応できますか?}」
お、姫野さんの力量を測りにいったな?桜葉。
さぁ…姫野さん。あなたはどう出る?