男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「{えっと…。【『ハード破損』のメッセージが出てるPC】は、<再起動を掛けつつ、PCのユーザーにもう少し詳しい状況を尋ねる>。それと同時に、<再起動後も状況の改善がされない場合はエラーチェックを掛ける>。【動作が遅いPC】は、<エラーチェックやHDDのクリーンアップまたは最適化を掛ける>。【電源がつかないPC】は、<他のPCの電源プラグやアダプターでもつかないか試す>。…これらの方法を試みようと思いますが、手順的に違うところや抜けている部分はありますか?}」
フッ。手順の確認をした上で可否の判断をしているな、やっぱりあなたは“デキる人”だ。頼もしいよ。
「{無いですね、完璧です。どれの対応でもやってもらえそうなので【エラーメッセージが出てるPC】からメンテお願いできますか?}」
「{了解!それなら私でも対応可能です。…それから、必要なら3台同時進行でお引き受けしましょうか?}」
お、やる気あるな。
作業内容的にはこの程度なら3台同時進行でできることだし、この類いのエラー修復やPCの速度改善は90%…エラーチェックを施せば良いことを姫野さんは知っている。
俺が〔第二役員室〕に常務や彼女のPCの不具合で呼ばれる時は、彼女がある程度修復を試みた後でそれでも直らないという状況が多かった。
日常的に起こるPCトラブルの修復なら姫野さんでも朝飯前だ。
ただ、この姫野さんの返答に対して桜葉や観月がどう返すか――。
むしろ、そっちの方が大事だろう。
体調不良というわけでもなく…業務中であることを考えれば、ここで彼女に仕事を振らなかったとしたら彼女の成長には繋がらないし…彼女自身のプライドも傷つく。
姫野さんにも今までの仕事をこなしてきた実績と自負がある。
――俺と同じように。
自分が自信を持ってできることは、彼女自身がやりたいはずだ。
調子悪くもないのに、過剰に心配したり労われることを彼女は望んでいない。
それに、彼女も“俺たち”に負けず劣らず…負けん気が強い。
表には決して出さないだろうが、皆川に言いたい放題言われて黙っていたくはないだろう。
彼女は常務の秘書だっただけあって、【人の機嫌の取り方】や【嫌味のかわし方】なんかを一応熟知はしているし、本来なら…嫌味を言われたら“言い返す力もある人”だ。
ただ〈PTSD〉を発症してからは、主張したがために【非難】されたり【逆上】というトラブルを怖がり、そうなることを避けているところがある。
姫野さんのそんな気持ちに、桜葉や観月が気づくかどうかだろうな…。
「{お願いできれば助かりますが、大丈夫ですか?…無理してません?}」
"その場"に居ないから、判断しかねるが……。
桜葉はどんな表情で姫野さんに声を掛けているだろうか。
皆川のように【性別】で判断してはいないと願いたい。
多少のそんな心配している俺の耳に、観月の力強い声が届いた。
「{“姫野さん”、やってみて下さい。}」
「{“シュウ”!?}」
「{同時に不具合が起った場合の想定もイメージされてましたよね?『優先順位を考えて…でもユーザーに状況確認する時は、話を聞くが7割…同時進行で行う関連作業の手を動かすのが3割で…。』って。そこまで頭で整理ができているなら、俺はできると思います。【現場】での実践ですから、『習うより慣れろ』です。……本条課長、良いですか?}」
良い判断だ。成長したな…観月。
俺も見ているから"その状況"は把握しているが、よく【彼女の日頃の努力】を見逃さなかったな。上出来だ。
"指導係"のお前に背中を押してもらえて、姫野さんは自信がつくと思うぞ。
「あぁ、どんどん実践してもらったら良い。…観月、よく任せたな。良い判断だ。……姫野さんもさすがだ。よく『やります!』と申し出てくれた。改めて言うこともないが…今、あなたがやろうとしているトラブルの対処は日常的に起こる類いのものだ。常務のPCのメンテをしてくれていた姫野さんならすでに対処の経験をしている事例だろう。問題なくこなせるはずだ。ただ、過信はするな。できない時には『NO』や『SOS』を言えることも大事だ。」
「{こちら姫野。…はい。“観月さん”、本条課長。私を信頼して下さってありがとうございます!…作業に入ります。}」
姫野さんの弾んだ声が聞こえる。
嬉しそうだな、その調子で臨めばいいよ。
それから少しの間、俺は【マスターPC】の作業を進めながら、黙って4人のやり取りに耳を傾けていた。
「何か楽しそうだな、昴。」
「まぁ、4人ともしっかり仕事してくれてるからな。」
そんなことを言う兄さんの相手も適当にしつつ、イヤホンからの音声に集中していると…姫野さんと津田、2人ともが観月と桜葉に質問をしながら丁寧に作業にあたってくれている様子が窺えた。
そして、そうこうしている間に工藤が到着したのだと予測できるような会話が聞こえてきた。
「{樹、護。向かって。}」
「{尾形主任さん。『桜葉と津田が向かいました。』と香坂さんにお伝え下さい。}」
そうか、桜葉と津田が向かったか。
あれだけの荷物を頼んだからな。
俺が動けたら良かったんだが、あと2,3分はかかりそうだ…。
悪いな、工藤。
そんなことをなんとなく思っていると、「ナイスアシスト!“姫野さん”。」や「いえいえ、“観月さん”。」なんて2人のやり取りが耳に入ってくる。
観月が嬉しそうな反応をしていると感じるのは、気のせいじゃないんだろうな…。
嫉妬、か…。 本当に俺らしくない。
だが、【嫉妬】という感情だけに囚われているわけにもいかない。
思考を戻そう……。
「こちら本条、工藤が来たようだな…。」
「{こちら観月。はい、そうですね。どうしますか?もう…直で〔副院長室〕向かってもらいますか?それから、グレースクリーンPCのバックアップ…3台とも、9割完了しています。}」
「こちら本条。いや、ひとまずは内科で合流しよう。先ほどの【業務妨害】と【姫野さんに対する暴言】の対処もあるしな。工藤も含めて話を聞いておいてもらう必要がある。だからそれが終わり次第…〔副院長室〕を任せることにする。こっちも【マスターPC】のメンテ、あと数秒で第一段階が終わるってところでキリが良い。……バックアップの状況、了解。」
そして観月との会話がちょうど切れたタイミングで工藤の声がイヤホンに入ってきた。
「{こちら工藤。桜葉より"ルームID"を聞き、入りました。話を聞く限りトラブルがあったようですね。了解。話を聞いた後、課長と交代し…俺が【マスターPC】のメンテを引き受けます。}」
さすがは俺の“仕事の相棒”だ、話が早くて助かる。
なんて思いながらも、俺は今気になっている【もう一つの事柄】を言葉と態度で示した。
「1分…。複数通信、切るぞ。」とメンバー全員に告げた後に、今の【incomily】での"俺の位置付け"…[Host]を示す[H]のボタンと、"姫野さんの番号"である[3]を押して彼女と個別通信を開始した。
フッ。手順の確認をした上で可否の判断をしているな、やっぱりあなたは“デキる人”だ。頼もしいよ。
「{無いですね、完璧です。どれの対応でもやってもらえそうなので【エラーメッセージが出てるPC】からメンテお願いできますか?}」
「{了解!それなら私でも対応可能です。…それから、必要なら3台同時進行でお引き受けしましょうか?}」
お、やる気あるな。
作業内容的にはこの程度なら3台同時進行でできることだし、この類いのエラー修復やPCの速度改善は90%…エラーチェックを施せば良いことを姫野さんは知っている。
俺が〔第二役員室〕に常務や彼女のPCの不具合で呼ばれる時は、彼女がある程度修復を試みた後でそれでも直らないという状況が多かった。
日常的に起こるPCトラブルの修復なら姫野さんでも朝飯前だ。
ただ、この姫野さんの返答に対して桜葉や観月がどう返すか――。
むしろ、そっちの方が大事だろう。
体調不良というわけでもなく…業務中であることを考えれば、ここで彼女に仕事を振らなかったとしたら彼女の成長には繋がらないし…彼女自身のプライドも傷つく。
姫野さんにも今までの仕事をこなしてきた実績と自負がある。
――俺と同じように。
自分が自信を持ってできることは、彼女自身がやりたいはずだ。
調子悪くもないのに、過剰に心配したり労われることを彼女は望んでいない。
それに、彼女も“俺たち”に負けず劣らず…負けん気が強い。
表には決して出さないだろうが、皆川に言いたい放題言われて黙っていたくはないだろう。
彼女は常務の秘書だっただけあって、【人の機嫌の取り方】や【嫌味のかわし方】なんかを一応熟知はしているし、本来なら…嫌味を言われたら“言い返す力もある人”だ。
ただ〈PTSD〉を発症してからは、主張したがために【非難】されたり【逆上】というトラブルを怖がり、そうなることを避けているところがある。
姫野さんのそんな気持ちに、桜葉や観月が気づくかどうかだろうな…。
「{お願いできれば助かりますが、大丈夫ですか?…無理してません?}」
"その場"に居ないから、判断しかねるが……。
桜葉はどんな表情で姫野さんに声を掛けているだろうか。
皆川のように【性別】で判断してはいないと願いたい。
多少のそんな心配している俺の耳に、観月の力強い声が届いた。
「{“姫野さん”、やってみて下さい。}」
「{“シュウ”!?}」
「{同時に不具合が起った場合の想定もイメージされてましたよね?『優先順位を考えて…でもユーザーに状況確認する時は、話を聞くが7割…同時進行で行う関連作業の手を動かすのが3割で…。』って。そこまで頭で整理ができているなら、俺はできると思います。【現場】での実践ですから、『習うより慣れろ』です。……本条課長、良いですか?}」
良い判断だ。成長したな…観月。
俺も見ているから"その状況"は把握しているが、よく【彼女の日頃の努力】を見逃さなかったな。上出来だ。
"指導係"のお前に背中を押してもらえて、姫野さんは自信がつくと思うぞ。
「あぁ、どんどん実践してもらったら良い。…観月、よく任せたな。良い判断だ。……姫野さんもさすがだ。よく『やります!』と申し出てくれた。改めて言うこともないが…今、あなたがやろうとしているトラブルの対処は日常的に起こる類いのものだ。常務のPCのメンテをしてくれていた姫野さんならすでに対処の経験をしている事例だろう。問題なくこなせるはずだ。ただ、過信はするな。できない時には『NO』や『SOS』を言えることも大事だ。」
「{こちら姫野。…はい。“観月さん”、本条課長。私を信頼して下さってありがとうございます!…作業に入ります。}」
姫野さんの弾んだ声が聞こえる。
嬉しそうだな、その調子で臨めばいいよ。
それから少しの間、俺は【マスターPC】の作業を進めながら、黙って4人のやり取りに耳を傾けていた。
「何か楽しそうだな、昴。」
「まぁ、4人ともしっかり仕事してくれてるからな。」
そんなことを言う兄さんの相手も適当にしつつ、イヤホンからの音声に集中していると…姫野さんと津田、2人ともが観月と桜葉に質問をしながら丁寧に作業にあたってくれている様子が窺えた。
そして、そうこうしている間に工藤が到着したのだと予測できるような会話が聞こえてきた。
「{樹、護。向かって。}」
「{尾形主任さん。『桜葉と津田が向かいました。』と香坂さんにお伝え下さい。}」
そうか、桜葉と津田が向かったか。
あれだけの荷物を頼んだからな。
俺が動けたら良かったんだが、あと2,3分はかかりそうだ…。
悪いな、工藤。
そんなことをなんとなく思っていると、「ナイスアシスト!“姫野さん”。」や「いえいえ、“観月さん”。」なんて2人のやり取りが耳に入ってくる。
観月が嬉しそうな反応をしていると感じるのは、気のせいじゃないんだろうな…。
嫉妬、か…。 本当に俺らしくない。
だが、【嫉妬】という感情だけに囚われているわけにもいかない。
思考を戻そう……。
「こちら本条、工藤が来たようだな…。」
「{こちら観月。はい、そうですね。どうしますか?もう…直で〔副院長室〕向かってもらいますか?それから、グレースクリーンPCのバックアップ…3台とも、9割完了しています。}」
「こちら本条。いや、ひとまずは内科で合流しよう。先ほどの【業務妨害】と【姫野さんに対する暴言】の対処もあるしな。工藤も含めて話を聞いておいてもらう必要がある。だからそれが終わり次第…〔副院長室〕を任せることにする。こっちも【マスターPC】のメンテ、あと数秒で第一段階が終わるってところでキリが良い。……バックアップの状況、了解。」
そして観月との会話がちょうど切れたタイミングで工藤の声がイヤホンに入ってきた。
「{こちら工藤。桜葉より"ルームID"を聞き、入りました。話を聞く限りトラブルがあったようですね。了解。話を聞いた後、課長と交代し…俺が【マスターPC】のメンテを引き受けます。}」
さすがは俺の“仕事の相棒”だ、話が早くて助かる。
なんて思いながらも、俺は今気になっている【もう一つの事柄】を言葉と態度で示した。
「1分…。複数通信、切るぞ。」とメンバー全員に告げた後に、今の【incomily】での"俺の位置付け"…[Host]を示す[H]のボタンと、"姫野さんの番号"である[3]を押して彼女と個別通信を開始した。