男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方

――「{そう思うんだったら…!}」

「{…ですから、先ほども申し上げました通り…。本条をはじめとした他の者は、また別の電話対応中でございます。何卒ご理解下さいませ。また、私があなた様から…現在のパソコンの状況をお伺いしなければ…必要物品のご用意が滞ってしまい、“皆川様”のお仕事にも影響が出てしまいます。ですから、業務をこれ以上止めないためにも…どうかお力を貸してはいただけないでしょうか?}」

「{だから…しつこいって!女のあんたに分かるとは思えないって言ってんの。一回で言われたことが分かんないなんてバカよ?姫野さん。まったく、ドクター2人といい…昴さんといい、こんな“か弱いフリしてるだけの女”のどこが良いのかしら。}」――


「これは酷い…。」

佐久間さん。病院側の人間であるあなたからもそんな風に言っていただけて…姫野さん自身も胸がすいたのではないかと思われます。ありがとう…。

「これはかなりの暴言ですね……。よく耐えましたね、姫野さん。電話対応については、私もお手本にしたいぐらいです。それから、ありがとうございます。姫野さんのことです。おそらくグレースクリーンに表示される英文を驚くことなく訳されて…次の行動へと繋げるよう立ち回ったのだろうと想像します。…でなければ、病院到着後40分弱でこれほど作業は進みません。バックアップ作業まで進んでいないこともザラにあります。」

「工藤さん……。」

工藤の名前をそっと呟くように呼び、口を手で覆い隠す姫野さん。

おっと、今泣くなよ。
まぁ…。【感激の涙】だろうから、別に泣いても構わないけど。

工藤…フォロー、サンキュ。
相変わらず【言わなくても()み取る】あたり…お前らしいよ。

“現場をよく知らない人間”が【抽象的に褒める】わけじゃなく、“現場経験のある先輩”から【具体的に褒められた】んだ。

これは彼女も相当嬉しいだろう。

オイシイところを持ってかれたな。


「嘘…。なんてこと!!皆川さん!!あなた、自分のしたこと分かってる!?」

「…っ!」

池内師長の怒号に、完全に萎縮(いしゅく)する皆川。

「皆川さん?あなたの言動には多数の問題がある。どこがどう問題だったかは、今から“本条課長”とともに説明していくが…これは【厳重注意の勧告】だと肝に(めい)じてしっかり反省しなさい。」

「はい…。」

院長から直々に【厳重注意】を受けたことで、ようやく皆川にも緊張感と事の重大さが伝わったのだろう。
蚊の鳴くような声で返答するのが精一杯という雰囲気で、通話中はあれだけ騒がしかったのが噓のように…肩を(すく)めて大人しくしている。

普段“温厚な人”で通っている父さんが、【人を𠮟る】っていうのは…やっぱり【威力】が違うな。
何年経っても父さんの【人を𠮟る声】を聞くと…背筋が伸びる。

"俺もよく怒られてたな…。"なんて少し昔を思い出していると、父さんが俺たち6人の前にやって来て――。

「“姫野さん”、“本条課長”…そして今お集まりの〔Platina Computer〕の社員の皆様。この度は私共の指導力不足で当院の看護師の無礼があったこと…深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。」

「誠に申し訳ございませんでした。」

父さんが深々と頭を下げてきて、それに続く形で兄さんや池内師長、そして尾形主任も頭を下げられた。
そして頭を上げた父さんはわずかに口角を上げ、俺に【意味深な微笑み】を向けてきた。

…ん? 父さんが【具体的な謝罪理由】を口にしないのは珍しい。
いったい…何を企んでいるんだ?

この【微笑み】の真意を知るべく、俺は父さんの表情を観察しつつ…こんな言葉を投げてみる。

「院長。今謝罪をいただいたのは【何に対して】でしょうか?」

俺のそんな発言に、父さんと兄さん以外は…一瞬唖然(あぜん)とした。

まぁ、当然の反応だろう。
取り方によっては、父さんにケンカを売ってるように聞こえるからな。
だが。しかし…これは訴えかけたいことに含みを持たせてる父さんが悪い。

そんな中、俺と父さんの表情をよく観察した工藤は"このやり取りにはカラクリがある"と踏んだようで、微かに口角を上げ…事の顛末(てんまつ)を見守る体勢を取った。
また姫野さんも…父さんからアイコンタクトと手振りで『(てのひら)を出して。』と伝えられ、それ応じた彼女に"トントントン"と【"大丈夫"の合図】が送られていた。

――それで察したようだ。

それはいいが、【微笑みながらのウィンク】までは……どう考えても要らないだろ。

「そうですねー。まずはあなた方の業務を妨げたことです。録音した音声から分かるように、皆川は“姫野さん”の話をそもそも聞こうともしていない。そして『女のあんたに分かるとは思えない。』と決めつけ、本条課長や観月さんたちと通話を代わるよう言われているなと予測できる発言があったのを私は聞いています。さらに“姫野さん”の『先ほど申し上げました通り―。』という発言から…皆川が彼女を(ののし)ったのは一度ではない。複数回あったと考えて良いでしょう。……違いますか?“姫野さん”。」

「院長先生……。はい、そうですね。間違いありません。」

「……ですから。それら諸々に対しての謝罪ですね。」

あぁ。そういうことか、なるほどな。

【謝罪理由を曖昧に答える】ことで、"それ"を俺に追及させるようにし、自らを“説明役”にすることで姫野さんに落ち度は無いことを証言してくれたんだ。こうすることで、他の社員に【言いがかりの火の粉】が飛ぶこともなくなる。

そのうえ、皆川が言い訳する余地も与えていない――。

まったく。何手先まで見据えて話を展開させるんだ、恐れ入ったよ。
まだまだ【現役】だな、父さん。

あとまだ20年経っても、“この人”は…このままなんじゃないだろうか。

「…えっと。何と言うんだったかな?あなた方のような職種の方々を。」

「我々?あぁ、システムエンジニア…SEのことでしょうか?」

俺のことをチラッと見て話を振ってくる父さん。

「あぁ、そうだそうだ。システムエンジニア。今は職種においても男女平等が(うた)われる時代。“女性のシステムエンジニアさん”だって比率は分からないが…"0(ゼロ)"ではなく居るのでしょう?」

「そうですね。まだ男性の方が比率は高いと言えど…全国で1〜2割は女性のエンジニアが居ます。『女性の方が難しい専門用語を並べて説明されないから分かりやすくて助かる。』という声もお客様から日頃より聞いています。そんな世の中の流れもあることから、今後ますます女性エンジニアの需要は高まるでしょうね。」

ここまで言って…俺はわざと言葉を切り、一呼吸の間を取って強調して続きの言葉を口にする。

「仮に…。皆川さんの発言を擁護するのであれば、これだけ女性が多い看護の現場に居る“佐久間看護師”のことはどう捉えるのでしょう?」

俺は場が重くなりすぎないように心掛けつつも、訴えがしっかりと伝わるような口調で話す。

「それは……。」

主張を聞き…話題に出された佐久間さん本人と工藤は"フッ!"と微笑し、皆川や寿は目を泳がせている。
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