男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「はい。できれば同席していただきたいです。」
「…なら、今日は花森さんと本条先生にも同席していただきましょうか。それでは【ヒヤリング】を始めていきます。」
本来は、白石先生と私の2人のみで行うこの【ヒヤリング】作業。
でも、今日はさっき私が「常務にキスされそうになった瞬間が浮かんでくるかもしれません。」と本条先生に伝えたからヒヤリング中にそれを話すことによって生じるフラッシュバックを考慮し、OKを出してくれたのだと…白石先生の温かい気遣いを感じた。
こうして、白石先生が叶先輩に『ヒヤリングの内容は他言無用でお願いします。』と一言伝え、約束をしてから【ヒヤリング】が開始される。
「では、始めます。……今日は過呼吸の発作が起きましたが、不快なこと…または焦ってしまうことが起きましたか?」
「はい。以前から苦手だとお話ししている上司の"常務"に、『年度末の業務についての連絡も含めて話がしたい』と食事に誘われ、食事を終えた後…キスされそうになりました。」
「【誘いを断る】など、不快にならないように状況を変えることは難しかったですか?またキスされそうになった時の常務さんの状況や、アクシデントが起こった時の姫野さんの行動を教えて下さい。」
「業務連絡もあるとのことだったので断れませんでした。アクシデントが起こった時の常務の状態は、いわゆる“男の顔”を出してきて…追い詰められる感じがして――ヒューヒュー。」
そこまで言って、ちょっと息が上がるのを感じた。すると、すかさず叶先輩が「大丈夫よ。」と訴えるように、3回ほど背中を優しく叩いてくれて、本条先生も立ち上がって傍に来てくれた。
「…発作きそうですね。姫野さん、【呼吸再調整法】を実践しましょう。息を止めて…そう、そのまま。3、2、1…はい、口は閉じたまま、鼻から息を吸って。そのままゆっくり息を吐いて。リラックスして体の力を抜いて…はい、普通にしていいですよ。」
白石先生の声掛けに従って、私は呼吸を整えるように意識する。
「…とても怖かったです。その時の私の行動は…とっさに彼の頬を叩いてしまいました。」
こんな風に静かに【ヒヤリング】が進んでいき――。
「それでは最後に、"今日の良かったこと・嬉しかったことを挙げていきましょう。できるだけたくさん挙げて下さい。」
「まず…。常務を引っぱ叩いたとはいえ、自分を守れて良かったと思います。そして花森先輩たちに電話を繋げることができたのも良かったと思います。」
「あとは…まだ何かありますか?」
「あります。……ここからが今日、先生たちにお話ししたかったことです。まだ決定事項ではないですけど、花森先輩から私の部署異動の話が出ているというお話を聞きました。そしてその候補に挙っているのが〔開発営業部〕みたいで。そちらの部長と〔営業1課〕の課長が、仕事面で私のことを高く評価して下さっているようで…とても嬉しいです。」
そこまで話すと、先生たちもニッコリと笑ってくれた。
「あら、そんなことがあったんですね。それは嬉しい!」
「それでだったんですね。この部屋に入って来た時、姫野さんがすごく穏やかな表情していたのは。」
「…ん?でも、ちょっと待って?確か、雅ちゃんのお勤め先って…〔Platina Computer〕よね?」
あ、白石先生…気づいちゃいましたか?
「そうですね…。」
「そこの〔開発営業部〕の“部長さん”と“営業課長さん”って、確か…。」
「新一くんと昴だな。それより、姉さん…"素"が出てる。…“雅ちゃん”って呼んじゃってるし。」
「うるさいわね、忍。まさか昴と繋がると思わないじゃない。仕方ないでしょ。……ゴホン。…姫野さん、失礼しました。…さて。今日【ヒヤリング】ですが――。」
本条先生にそうツッコミを入れられた白石先生は、「うるさいわね。」と煩わしそうに返して、すぐに“本条家の姉”の顔から“ドクターの顔”に戻り…改めて私と向き合う。
そして【ヒヤリング】とセットで行われる【褒めちぎりタイム】に入っていく。
「…お話を聞いて。まず、“常務さん”…剛さんを引っぱ叩けて良かったです。頑張りましたね。人間は危険を感じた時…本能的に自己防衛の体勢を取るものです。きっと姫野さんは"上司を引っ叩いてしまった"と、自己嫌悪に陥っていたりもするかもしれません。でも、危機的状況の渦中であれば、そんなことは気にしていられません。誰であってもです。どんな形であれ、嫌なこと…危険なことを拒否して【自分の身を自分で守れた】こと…これができたことはしっかりと褒めてあげましょう。嫌なことをする時は体力も精神力も使いますから。」
「はい。」
「それから。食事のお誘いを受けてから予め周りの人に『SOSを出すかもしれない』と相談していたこと。呼吸の苦しい中、“専務さん”の連絡先をプッシュできたこと…これもよく頑張りましたね。……“苦手な常務さん”との食事から逃げなかったことも、ちゃんと【最悪の事態】を想定して行動できたことも…。そして一番は【本当に逃げないと危険が及ぶ場面】で勇気を持って逃げられたこと…今日もたくさん頑張りましたね。お疲れ様でした。」
今日も白石先生に聞いてもらえて、共感してもらえて本当によかった。…本当に毎回救われる。
"プロ"って、こういう人のことを言うんだと思う。
絶対に否定しないし、【安心感】を与えてくれる先生が…大好きだ。
「そして、前回言っていた"次の目標"…【本当に嫌だとか危険だと感じて怖かったら…拒否するまたは逃げる】。これは達成できましたね!…今日、私と話をする中で新たな課題は見つかりましたか?」
「はい。」
「では"次の目標"を決めましょう。」
「今度は、【叩く】という行動を取らずに【言葉】でも拒否の意思を伝えられるようになりたいです。手が出てしまうと、問題になる場面も多いので…。」
「良い"目標"ですね。今度はこれを目標に、一緒に頑張っていきましょう!……それでは、【ヒヤリング】を終了します。」
白石先生の「終了します。」を合図に、この部屋に居る全員が"ふぅー。"と大きく息を吐いた。
そのタイミングで、私の頬を涙が伝った。
「あら。雅ちゃん、今日も安心できたのね…よかった。…"いつもの涙"が出てるわ。」
「あっ、すみません。」
どうも、私は安心すると涙が出てしまうらしい。
「いいのよ。【安心感】や【幸福感】ってとっても大事なものだから。」
「…あのっ。白石先生、本条先生。昴さんって…どんな方ですか?性格的に…。」
〔開発営業部〕へ異動したとして、やっていけるのかな…。
柚ちゃん以外にも"味方"になってくれる人…居るのかな。
本条課長に対して、私は“物事の本質を見極め、捉えることができる人”や、“誠実な人”といった印象を抱いている。だから、何かトラブルが起きた時でも親身になって対応してくれそうな気はしてる。
でも、それだけだ。
まだ、安心できるほど…"安心して、身を委ねられる"と思えるほど、私は“彼”と関わっていない。
だから思いきって、お2人に聞いてみることにした。
「…なら、今日は花森さんと本条先生にも同席していただきましょうか。それでは【ヒヤリング】を始めていきます。」
本来は、白石先生と私の2人のみで行うこの【ヒヤリング】作業。
でも、今日はさっき私が「常務にキスされそうになった瞬間が浮かんでくるかもしれません。」と本条先生に伝えたからヒヤリング中にそれを話すことによって生じるフラッシュバックを考慮し、OKを出してくれたのだと…白石先生の温かい気遣いを感じた。
こうして、白石先生が叶先輩に『ヒヤリングの内容は他言無用でお願いします。』と一言伝え、約束をしてから【ヒヤリング】が開始される。
「では、始めます。……今日は過呼吸の発作が起きましたが、不快なこと…または焦ってしまうことが起きましたか?」
「はい。以前から苦手だとお話ししている上司の"常務"に、『年度末の業務についての連絡も含めて話がしたい』と食事に誘われ、食事を終えた後…キスされそうになりました。」
「【誘いを断る】など、不快にならないように状況を変えることは難しかったですか?またキスされそうになった時の常務さんの状況や、アクシデントが起こった時の姫野さんの行動を教えて下さい。」
「業務連絡もあるとのことだったので断れませんでした。アクシデントが起こった時の常務の状態は、いわゆる“男の顔”を出してきて…追い詰められる感じがして――ヒューヒュー。」
そこまで言って、ちょっと息が上がるのを感じた。すると、すかさず叶先輩が「大丈夫よ。」と訴えるように、3回ほど背中を優しく叩いてくれて、本条先生も立ち上がって傍に来てくれた。
「…発作きそうですね。姫野さん、【呼吸再調整法】を実践しましょう。息を止めて…そう、そのまま。3、2、1…はい、口は閉じたまま、鼻から息を吸って。そのままゆっくり息を吐いて。リラックスして体の力を抜いて…はい、普通にしていいですよ。」
白石先生の声掛けに従って、私は呼吸を整えるように意識する。
「…とても怖かったです。その時の私の行動は…とっさに彼の頬を叩いてしまいました。」
こんな風に静かに【ヒヤリング】が進んでいき――。
「それでは最後に、"今日の良かったこと・嬉しかったことを挙げていきましょう。できるだけたくさん挙げて下さい。」
「まず…。常務を引っぱ叩いたとはいえ、自分を守れて良かったと思います。そして花森先輩たちに電話を繋げることができたのも良かったと思います。」
「あとは…まだ何かありますか?」
「あります。……ここからが今日、先生たちにお話ししたかったことです。まだ決定事項ではないですけど、花森先輩から私の部署異動の話が出ているというお話を聞きました。そしてその候補に挙っているのが〔開発営業部〕みたいで。そちらの部長と〔営業1課〕の課長が、仕事面で私のことを高く評価して下さっているようで…とても嬉しいです。」
そこまで話すと、先生たちもニッコリと笑ってくれた。
「あら、そんなことがあったんですね。それは嬉しい!」
「それでだったんですね。この部屋に入って来た時、姫野さんがすごく穏やかな表情していたのは。」
「…ん?でも、ちょっと待って?確か、雅ちゃんのお勤め先って…〔Platina Computer〕よね?」
あ、白石先生…気づいちゃいましたか?
「そうですね…。」
「そこの〔開発営業部〕の“部長さん”と“営業課長さん”って、確か…。」
「新一くんと昴だな。それより、姉さん…"素"が出てる。…“雅ちゃん”って呼んじゃってるし。」
「うるさいわね、忍。まさか昴と繋がると思わないじゃない。仕方ないでしょ。……ゴホン。…姫野さん、失礼しました。…さて。今日【ヒヤリング】ですが――。」
本条先生にそうツッコミを入れられた白石先生は、「うるさいわね。」と煩わしそうに返して、すぐに“本条家の姉”の顔から“ドクターの顔”に戻り…改めて私と向き合う。
そして【ヒヤリング】とセットで行われる【褒めちぎりタイム】に入っていく。
「…お話を聞いて。まず、“常務さん”…剛さんを引っぱ叩けて良かったです。頑張りましたね。人間は危険を感じた時…本能的に自己防衛の体勢を取るものです。きっと姫野さんは"上司を引っ叩いてしまった"と、自己嫌悪に陥っていたりもするかもしれません。でも、危機的状況の渦中であれば、そんなことは気にしていられません。誰であってもです。どんな形であれ、嫌なこと…危険なことを拒否して【自分の身を自分で守れた】こと…これができたことはしっかりと褒めてあげましょう。嫌なことをする時は体力も精神力も使いますから。」
「はい。」
「それから。食事のお誘いを受けてから予め周りの人に『SOSを出すかもしれない』と相談していたこと。呼吸の苦しい中、“専務さん”の連絡先をプッシュできたこと…これもよく頑張りましたね。……“苦手な常務さん”との食事から逃げなかったことも、ちゃんと【最悪の事態】を想定して行動できたことも…。そして一番は【本当に逃げないと危険が及ぶ場面】で勇気を持って逃げられたこと…今日もたくさん頑張りましたね。お疲れ様でした。」
今日も白石先生に聞いてもらえて、共感してもらえて本当によかった。…本当に毎回救われる。
"プロ"って、こういう人のことを言うんだと思う。
絶対に否定しないし、【安心感】を与えてくれる先生が…大好きだ。
「そして、前回言っていた"次の目標"…【本当に嫌だとか危険だと感じて怖かったら…拒否するまたは逃げる】。これは達成できましたね!…今日、私と話をする中で新たな課題は見つかりましたか?」
「はい。」
「では"次の目標"を決めましょう。」
「今度は、【叩く】という行動を取らずに【言葉】でも拒否の意思を伝えられるようになりたいです。手が出てしまうと、問題になる場面も多いので…。」
「良い"目標"ですね。今度はこれを目標に、一緒に頑張っていきましょう!……それでは、【ヒヤリング】を終了します。」
白石先生の「終了します。」を合図に、この部屋に居る全員が"ふぅー。"と大きく息を吐いた。
そのタイミングで、私の頬を涙が伝った。
「あら。雅ちゃん、今日も安心できたのね…よかった。…"いつもの涙"が出てるわ。」
「あっ、すみません。」
どうも、私は安心すると涙が出てしまうらしい。
「いいのよ。【安心感】や【幸福感】ってとっても大事なものだから。」
「…あのっ。白石先生、本条先生。昴さんって…どんな方ですか?性格的に…。」
〔開発営業部〕へ異動したとして、やっていけるのかな…。
柚ちゃん以外にも"味方"になってくれる人…居るのかな。
本条課長に対して、私は“物事の本質を見極め、捉えることができる人”や、“誠実な人”といった印象を抱いている。だから、何かトラブルが起きた時でも親身になって対応してくれそうな気はしてる。
でも、それだけだ。
まだ、安心できるほど…"安心して、身を委ねられる"と思えるほど、私は“彼”と関わっていない。
だから思いきって、お2人に聞いてみることにした。