男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「“姫野さん”に、“忍先生”から伝言です。『今日は安井先生、お休みなので不安にならずに外科へ行って下さい。』と言ってましたよ。あと、『何かあれば、いつも通り神代先生を頼って下さい。』とも…。」
私は、院長先生の言葉に安堵した。
本条先生、覚えていて下さったんですね。
「ありがとうございます、院長先生。」
「“安井先生”と何かあったんだね?負担でなければ話してもらえないですか?」
いいのかな…と思うけど、院長先生の"この表情"は【嘘ついちゃダメな時の表情】だ。
「安井先生にお会いすると【アプローチ】がすごくて…。冗談か本気か分からないですけど、食事に誘われます…。2週間前はおそらく“新しい先生”…確か【氷室】と名札に書かれていたように思いますが。……に助けていただいて、その前は神代先生に助けていただきました。」
「あぁ。“氷室先生”ですね、新しく赴任された外科のドクターです。」
「えぇ!?それって…ナンパじゃないですか!大丈夫でした?“姫野さん”。」
「何とかね…。先生方が助けて下さったから。」
観月くんからの問いかけに、私は苦笑いを浮かべた。
「患者様に迫るとは、けしからんね…安井くん。次回の彼の勤務日に厳重注意しておきますね。重ね重ね申し訳ない。…でも“氷室先生”や“神代先生”に助けてもらえたなら良かった。さすがは“副院長”が【誰よりも信頼してる2人】なだけあるね。」
「あの…院長先生。こちらの“氷室先生”って、大学病院の“氷室教授”と血縁関係だったりしますか?」
「さすが“姫野さん”、顔が広い。氷室教授の甥だよ。"うちの氷室先生"は。“彼”の父親の弟が氷室教授だ。教授に付き合っていられなくなったらしくてね。この4月から、うちに来たんだ。氷室くん自身は、父親が経営してる実家の総合病院を継ぎたいらしい。」
なるほど。だから、"誰かに似てるなぁ。"って思ったのね。
院長先生、ハッキリ言わないけど…
これは後継者問題が絡んでいそうね。
「まぁ。兄さんと神代さんと氷室さんは医大生の時から仲良かったからな。嫌気がさして[南総合]に来るのは自然な流れだったんじゃないか?だけど、4月に入ってから2回は来たが…会わなかったな。」
課長が知ってるってことは、【家にも遊びに来てる関係】ってことね。
「課長、お待たせしました。」
「いや、工藤さんにも恐れ入ったよ。昴と同じレベルで仕事捌いてたから。」
本条先生と工藤さんが〔副院長室〕から戻ってきた。
「おう。工藤、お疲れ様。ありがとう、代わってもらえて助かった。……当たり前だろ、兄さん。工藤の“指導係”は俺だったんだから。」
当然ですよ、本条先生。
工藤さんで分からないなら…もうあとは課長に聞くしかないぐらいのレベルで、“この仕事を分かってる人”ですもの。
「【本条イズム】は、しっかり私や観月…そして桜葉に受け継がれていますから。」
工藤さんは、そう言って口角を上げる。
「何だそれ。まぁ、良いが…。ところで、工藤。お前どうする?社に戻ってやることがあるなら、ここで帰っても構わないが…。」
「内勤業務なんて1時間もあればできますから、付き合いますよ。」
「そうか。じゃあ…頼む。さてと…。それじゃ行くか、外科へ。」
「あっ。昴、ちょっと待った。…姫野さん、さっき院長に伝言した通りですが、今日…安井くんはお休みですから安心して下さいね。…それでは、行ってらっしゃい。」
「ありがとうございます、本条先生。」
こうして。私たち"Aチーム"の5人と工藤さんは本条先生に見送られ、院長先生とともに一つ上の階の外科病棟へ移動した。
**
「こんにちは、〔Platina Computer〕です。定期点検に参りました。」
「こんにちは。あっ、昴くんいつもありがとう。“初めましての人”と…あれ?姫野さんじゃないですか。」
「“神代先生”。今日は医局じゃなくて、こちらにいらっしゃったんですね。」
外科病棟のナースステーションにお邪魔すると、先ほどから話題に上がっている神代先生、氷室先生、松浦先生と数人の看護師さんが居た。
そして、本条課長は神代先生にそう声を掛けながら私と津田くんのことを簡単に説明してくれた。そのあとに自己紹介をするよう、こちらに話を振ってくれた。
「それで?院長はなぜ?…あ、姫野さんが心配でついて回ってるんですか、もしかして?」
神代先生から【絶妙な質問】をされた院長先生は「そうだね!いろんな意味でね。」と笑ってサラリと返していて、私の方が少し恥ずかしい気持ちになった。
「院長、あまり姫野さんが居づらくなる空気を作らないで下さい。さぁ、仕事しよう。」
「ちょっと待った、昴。仕事に入る前に姫野さんと話をさせてくれないか?」
「えぇ。それは構いませんが…。」
「卓人?」
神代先生は不思議そうに氷室先生の顔を見た。
そして彼は、私の方に歩いてきて2mぐらい距離を空けたところで足を止め、頭を下げる。
「姫野さん。先日は多少だったとはいえ、驚かせてしまって申し訳ありませんでした。研人…あっ、“神代先生”に聞きました。あなた――。」
「だ…大丈夫です、氷室先生。先生は私の体を支えて下さっただけですし、安井先生には壁際で迫られて、触れられそうになっただけで…実際には触られていませんから。それに、先生は4月からこの病院で勤務されているとお聞きしました。私の【状況】が分からないのも当然のことです。神代先生から【事情】を聞いて下さったのなら…もうそれで十分です。」
私は、失礼を承知で氷室先生が言いかけた言葉を遮った。
だって、今は…まだ“事情を知らない工藤さん”も一緒に居るから――。
「“氷室先生”。【その件】に関しては…ご本人の了解をもらってから発言して下さい。“まだ事情を知らない方”がこの場にいらっしゃるかもしれない。」
「あっ…そうですね、院長。失礼しました。姫野さん、配慮に欠ける数々の発言…誠に申し訳ありません。あなたにお会いできたら、きちんと謝罪しようと思っていたのに…。これでは【謝罪】になりませんね。」
いいえ、十分ですよ。
先生のお気持ち、受け取りました。
氷室先生が当直の時も安心できそう。
「氷室先生、どうか頭を上げて下さい。ありがとうございます、わざわざ。本当に気になさらないで下さい。私も、あまりビクビクしない方が良いと思ってはいるんですが…体が反応してしまうのを完全に止めるのはまだ難しいみたいで。でも助けていただいたのは感謝しています。度々、急患でお世話になるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。」
「フッ。院長や忍…そして研人の言う通り、誠実な方ですね。」
「それは大袈裟ですわ。…あっ、そういえば工藤さん。」
「はい?」
工藤さんは少し離れたところに立ってたけど、それでも私の声は届いてたみたい。
微笑みながら、返事をしてくれる。
「今【話している件】については…工藤さんにも必ずお話しします。だから今は何も聞かずに待ってていただければ幸いです。」
私は、院長先生の言葉に安堵した。
本条先生、覚えていて下さったんですね。
「ありがとうございます、院長先生。」
「“安井先生”と何かあったんだね?負担でなければ話してもらえないですか?」
いいのかな…と思うけど、院長先生の"この表情"は【嘘ついちゃダメな時の表情】だ。
「安井先生にお会いすると【アプローチ】がすごくて…。冗談か本気か分からないですけど、食事に誘われます…。2週間前はおそらく“新しい先生”…確か【氷室】と名札に書かれていたように思いますが。……に助けていただいて、その前は神代先生に助けていただきました。」
「あぁ。“氷室先生”ですね、新しく赴任された外科のドクターです。」
「えぇ!?それって…ナンパじゃないですか!大丈夫でした?“姫野さん”。」
「何とかね…。先生方が助けて下さったから。」
観月くんからの問いかけに、私は苦笑いを浮かべた。
「患者様に迫るとは、けしからんね…安井くん。次回の彼の勤務日に厳重注意しておきますね。重ね重ね申し訳ない。…でも“氷室先生”や“神代先生”に助けてもらえたなら良かった。さすがは“副院長”が【誰よりも信頼してる2人】なだけあるね。」
「あの…院長先生。こちらの“氷室先生”って、大学病院の“氷室教授”と血縁関係だったりしますか?」
「さすが“姫野さん”、顔が広い。氷室教授の甥だよ。"うちの氷室先生"は。“彼”の父親の弟が氷室教授だ。教授に付き合っていられなくなったらしくてね。この4月から、うちに来たんだ。氷室くん自身は、父親が経営してる実家の総合病院を継ぎたいらしい。」
なるほど。だから、"誰かに似てるなぁ。"って思ったのね。
院長先生、ハッキリ言わないけど…
これは後継者問題が絡んでいそうね。
「まぁ。兄さんと神代さんと氷室さんは医大生の時から仲良かったからな。嫌気がさして[南総合]に来るのは自然な流れだったんじゃないか?だけど、4月に入ってから2回は来たが…会わなかったな。」
課長が知ってるってことは、【家にも遊びに来てる関係】ってことね。
「課長、お待たせしました。」
「いや、工藤さんにも恐れ入ったよ。昴と同じレベルで仕事捌いてたから。」
本条先生と工藤さんが〔副院長室〕から戻ってきた。
「おう。工藤、お疲れ様。ありがとう、代わってもらえて助かった。……当たり前だろ、兄さん。工藤の“指導係”は俺だったんだから。」
当然ですよ、本条先生。
工藤さんで分からないなら…もうあとは課長に聞くしかないぐらいのレベルで、“この仕事を分かってる人”ですもの。
「【本条イズム】は、しっかり私や観月…そして桜葉に受け継がれていますから。」
工藤さんは、そう言って口角を上げる。
「何だそれ。まぁ、良いが…。ところで、工藤。お前どうする?社に戻ってやることがあるなら、ここで帰っても構わないが…。」
「内勤業務なんて1時間もあればできますから、付き合いますよ。」
「そうか。じゃあ…頼む。さてと…。それじゃ行くか、外科へ。」
「あっ。昴、ちょっと待った。…姫野さん、さっき院長に伝言した通りですが、今日…安井くんはお休みですから安心して下さいね。…それでは、行ってらっしゃい。」
「ありがとうございます、本条先生。」
こうして。私たち"Aチーム"の5人と工藤さんは本条先生に見送られ、院長先生とともに一つ上の階の外科病棟へ移動した。
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「こんにちは、〔Platina Computer〕です。定期点検に参りました。」
「こんにちは。あっ、昴くんいつもありがとう。“初めましての人”と…あれ?姫野さんじゃないですか。」
「“神代先生”。今日は医局じゃなくて、こちらにいらっしゃったんですね。」
外科病棟のナースステーションにお邪魔すると、先ほどから話題に上がっている神代先生、氷室先生、松浦先生と数人の看護師さんが居た。
そして、本条課長は神代先生にそう声を掛けながら私と津田くんのことを簡単に説明してくれた。そのあとに自己紹介をするよう、こちらに話を振ってくれた。
「それで?院長はなぜ?…あ、姫野さんが心配でついて回ってるんですか、もしかして?」
神代先生から【絶妙な質問】をされた院長先生は「そうだね!いろんな意味でね。」と笑ってサラリと返していて、私の方が少し恥ずかしい気持ちになった。
「院長、あまり姫野さんが居づらくなる空気を作らないで下さい。さぁ、仕事しよう。」
「ちょっと待った、昴。仕事に入る前に姫野さんと話をさせてくれないか?」
「えぇ。それは構いませんが…。」
「卓人?」
神代先生は不思議そうに氷室先生の顔を見た。
そして彼は、私の方に歩いてきて2mぐらい距離を空けたところで足を止め、頭を下げる。
「姫野さん。先日は多少だったとはいえ、驚かせてしまって申し訳ありませんでした。研人…あっ、“神代先生”に聞きました。あなた――。」
「だ…大丈夫です、氷室先生。先生は私の体を支えて下さっただけですし、安井先生には壁際で迫られて、触れられそうになっただけで…実際には触られていませんから。それに、先生は4月からこの病院で勤務されているとお聞きしました。私の【状況】が分からないのも当然のことです。神代先生から【事情】を聞いて下さったのなら…もうそれで十分です。」
私は、失礼を承知で氷室先生が言いかけた言葉を遮った。
だって、今は…まだ“事情を知らない工藤さん”も一緒に居るから――。
「“氷室先生”。【その件】に関しては…ご本人の了解をもらってから発言して下さい。“まだ事情を知らない方”がこの場にいらっしゃるかもしれない。」
「あっ…そうですね、院長。失礼しました。姫野さん、配慮に欠ける数々の発言…誠に申し訳ありません。あなたにお会いできたら、きちんと謝罪しようと思っていたのに…。これでは【謝罪】になりませんね。」
いいえ、十分ですよ。
先生のお気持ち、受け取りました。
氷室先生が当直の時も安心できそう。
「氷室先生、どうか頭を上げて下さい。ありがとうございます、わざわざ。本当に気になさらないで下さい。私も、あまりビクビクしない方が良いと思ってはいるんですが…体が反応してしまうのを完全に止めるのはまだ難しいみたいで。でも助けていただいたのは感謝しています。度々、急患でお世話になるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。」
「フッ。院長や忍…そして研人の言う通り、誠実な方ですね。」
「それは大袈裟ですわ。…あっ、そういえば工藤さん。」
「はい?」
工藤さんは少し離れたところに立ってたけど、それでも私の声は届いてたみたい。
微笑みながら、返事をしてくれる。
「今【話している件】については…工藤さんにも必ずお話しします。だから今は何も聞かずに待ってていただければ幸いです。」