男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方

25th Data “天使”の笑顔 ◇雅 side◇

午後2時50分か…。
病棟に行くまでの打ち合わせの時間もあったとはいえ、“今日のメンバー”なら…部品交換なんてスムーズに進めば40分はかからず終えられるはず。

内科病棟に長居しすぎたわ、ホントに――。

「……さてと。おそらく、先ほど【マスターPC】から判明した"エラー"は神代先生のPCなので、課長に任せるとして…。私たちもやっていきましょうか。」

「はい、工藤さん。」

私と桜葉くんはそう返事を返し、工藤さんとともに作業を開始した。

「あら?また表が変なことになっちゃったわ、どこか触っちゃったかしら。」

中川師長さん、どうしました?

私は師長さんの声に反応して…動作確認中のPC画面から視線を外し、さり気なく彼女の(そば)に移動した。

師長さんのPC画面にチラリと視線を投げると、【表計算ソフト】が映し出されており、レイアウトが崩れているのが分かった。

「工藤さん。」

「姫野さん。」

私と工藤さんは全く同じタイミングで、お互いに向かって声を掛けた。
だからお互いが思わずクスッと笑ってしまったけれど、そのあと彼はちゃんと話に耳を傾けてくれる。

「師長さんのお困りごとは何でしたか?…しかし、さすがですね。お客様の声にすぐ反応し…即座に動いた。お待たせしないこと…とても重要ですから。」

「はい、作成中のデータのレイアウトが崩れてしまったようです。…お褒めいただきありがとうございます。…あの。それで、師長さんのお手伝いをして良いでしょうか?」

「もちろんですよ、ぜひお願いします。我々の本来の仕事は【お客様の声を聞くこと】です。営業先のPCのメンテナンスももちろんですが、商談やメンテナンス中の待ち時間の中でお話を聞き…要望を吸い上げ、解決したり持ち帰る。全て必要な…大切な業務です。"今メンテ中だし他の全然違う作業をするなんて…。"と不安にならなくても大丈夫です。……同時に2,3つのことをするのは【よくあること】ですよ。」

「はい!」

私が【迷ってるところ】、分かってもらえてよかった。さすが工藤さん。

「ごめんなさい、姫野さん。別のパソコンで作業しているところを…。私が覚えればいいだけの話なのに、神代先生に何度聞いてもなかなか頭に入ってこなくて…。」

「いいえ、お気になさらず。人には得意・不得意があるものですし…私共の“現場のリーダー”である工藤があのように申しておりますから、問題ありません。大丈夫ですよ。」

私は、できるだけ中川師長さんが私たちに気を遣わずにお仕事が進むよう、笑顔で明るくそう告げる。

「でも……。」

私たちへのお気遣い、ありがとうございます。
周りのことによく気がつく人ほど、相手の仕事を止めたくないもの。とても分かります。

さて、どう説明しようかしら。

そんな風に思い、頭を回転させていると…本条課長の声が飛んできた。

「{…観月、ちょっと作業を代わってくれないか?……こちら本条。姫野さん、少し中川師長さんと話したいから、あなたの電話を【スピーカー】に切り替えてくれないか?}」

「はい、承知しました。少々お待ち下さい。」

私は自分の耳からイヤホンを外してスマホから抜き…目の前のテーブルに置いて、師長さんに「課長からお話が。」と一言伝えてから【スピーカー】に切り替えた。

「課長、どうぞ。」

「{ありがとう、姫野さん。……中川師長さん、昴です。まずは、私共へのお心遣いと貴重なご意見ありがとうございます。【コンピューター初心者から事務作業ができるようになるまでの講習】など…弊社でも実施しておりますが、もっと一つの内容に対して細分化することも必要なのかもしれません。頂いたご意見は会社に持ち帰り、今後の講習等に活かしていきたいと思います。それから、我々の業務についてですが…。先ほど、工藤と姫野から話があった通りです。どんなに些細な声でもお客様からお話を聞けることは、ありがたく…貴重なことです。そのご意見から【次なる商品】が生み出されるかもしれません。ですから【ご要望】や【お困りごと】等は遠慮なくお聞かせ下さい。}」

「…では本当に、姫野さんに【表計算ソフト】の使い方を聞いても…?」

「{えぇ、もちろんです。大いに聞いてやって下さい。ちなみに、姫野は今日“営業に来たメンバー”の中で【初心者の皆さんへの伝え方が上手い人間】です。きっと分かりやすく丁寧にお伝えするでしょう。我々がそちらに戻るまで、もう少しお時間を頂戴しますから…どうぞ、この時間を有効活用して下さい。}」

課長。さすがですけど…サラリとなんてことを仰るんですか。
やめて下さいよ、プレッシャーがかかるじゃないですか!

「{…というわけで。姫野さん、あとは…よろしく頼むな。そっちには…そうだな、あと10分もかからず戻れると思う。}」

「は、はい!フォローに関しては承りました。そちらの作業時間についても了解です。」

私の緊張した返答を聞いた後、課長が再び観月くんと業務を交代するような会話が【incomily(インカミリィ)】を通して聞こえてきた。

「それでは、中川師長さん。レイアウトが崩れてしまった箇所を直していきましょう。時間もあるので、何度か繰り返して同じ動作を一緒にやってみましょう。まず、余分なマスが追加されてしまっているので…これはですね――。」

「…ありがとうございました、姫野さん。あなたの説明とても分かりやすかったわ!【セル】と【行】と【列】覚えたわよー。」

「お役に立てて良かったです、師長さん。」

【表計算ソフト】の使い方を師長さんに教えている間に、他のPCのメンテナンスは工藤さんと桜葉くんが終わらせてくれていた。

「他のPCは特にエラーとか無くて、チェックするだけだったので…終わってますよ。」

「ありがとうございました。工藤さん、“桜葉さん”。さすがです、手際が良い。」

「いや、そんなことは――。……あ、課長たちが戻ってきましたね。…課長、お疲れ様です。」

そう言った工藤さんの声につられるように、私はナースステーションの入口に視線を向けた。

「昴く…じゃなかった、“本条課長”。姫野さんにソフトの使い方教わりましたが、とても丁寧に分かりやすく伝えていただきました。」

「はは。良いですよ、中川師長さん。院長は居ますが、いつも通り“昴くん”で。“神代先生”や“氷室先生”も名前呼びですし。……そうでしたか、そう言っていただけて光栄です。私は本当に部下に恵まれていますね。」

師長さんたちにそう言いつつ、課長は優しく"ポン!"と私の背中を叩いて微笑んだ。

「私も作業しながら断片的に見聞きしていましたが、姫野さんの説明とても分かりやすかったですよ。」

工藤さん…。

「うん。“姫野さん”が秘書として活躍してたことも、“重役さん”たちが手放したくない気持ちも分かるね。」

院長先生まで〜!!
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