男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「さて。それで?そろそろ白状したらどう?本条くん。【工藤くんに本当に頼みたかった用件】って何なの?…観月くんを外させたことを考えると、彼に聞かせられない…または聞かせたくない【姫野さん絡みの込み入った話】でしょ?きっと。」

フッ、やっぱり“先輩”には見透かされてたか。――敵わないな。

「フッ、まったく。"さすが"と言うべきか…"怖い"と言うべきか――。いつ気づいたんですか?」

「…ん?あぁ、速水主任に退室するよう促した時、かな…。でも決定打はさっき。工藤くんだけじゃなく、立花さんも残るように指示した瞬間だよ。普段の君なら、みんなが居て良い状況ならそのままにするだろうし…工藤くんだけなら業務絡みの話ってこともあるだろうけど…立花さんも同席なら、姫野さんに関することかなと思って。」

「やはりそうだったんですね?…いや、1人ずつ"人払い"しているので、課長にしては歯切れが悪いなと思ったんですよ。」

「それに…。まぁ、観月くんの態度(アレ)はね…。勝手に1人で【空回り】しそうですもんね。……本条課長も、大変ですね。」

「観月くんの…私への感情はそんなんじゃないと思いますけど…。」

立花さんの言葉に、姫野さんは静かにそう返しつつも…苦笑気味だった。

「やだ、姫野さん。あなた、それ本気で言ってる?」

「あはは…。」

この乾いた笑い…。
気づいではいるんだな、姫野さんも…。

「その反応、気づいてはいるのね。よかった。急に"天然キャラ"になったかと思っちゃったわ。」

「“柚”じゃないんだから、それは無いでしょう。」

「部長、ひどい。」

「ハハッ。あんまり鈴原秘書をイジメないであげて下さい。反応が女性らしいので、癒されるのは分かりますけど。」

「工藤さんッ!やめて下さいよぉー!恥ずかしいです…。」

「…まぁ。要するに、俺と立花さんに『観月が暴走したら止めに入れ』ってことですね。承知しました。引き受けましょう。」

「あぁ、頼む。だが、もう一つあるんだ。むしろ、ここからが本題で"お前にしか頼めないこと"なんだが…姫野さんの予定と希望を聞いてからだな。」

「えっと、本条課長?」

姫野さんは俺の思考を理解しようと考えを巡らせたが、一瞬では答えが出せなかったようで…俺を見つめ返してきた。

「姫野さん、明後日の飲み会…抜けられるって分かってたら、どれくらい居られそうだ?」

「おそらく2時間が限界…それ以上は無理です。あと…業務中なのでペナルティがあるならお受けしますが、先ほど中瀬さんと通話した際に『明後日、開けていただけますか?』とはお尋ねしました。」

「ペナルティ?」

「業務中にプライベートな相談をしたので。」

はは、本当に真面目だな。

「あぁ、そんなことか。その程度でペナルティなんて無いし、セールストークの前後に世間話するなんて当たり前だよ。……それで?中瀬さんからの返答はどうだった?」

「オープンして下さるそうです。『飲み会で心が落ち着かなくなったら、店に寄って下さい』って仰ってました。」

中瀬さんなら、そう言うだろうな。

ちなみに、部長と鈴原と立花さんはニコニコしながら俺と姫野さんの会話を聞いている。

「そうか…。それで?姫野さんはどうしたい?」

「ある程度のお時間で、飲み会の方はお(いとま)させていただき…中瀬さんのお店(ところ)に寄りたいと思っております。」

「…だそうだ、工藤。明日、姫野さんや観月と向かってもらう訪問先の“中瀬 律”様だが、ダイニングバーのマスターをされている方で…その店のPCを買い替えおよび初期設定希望のお客様で、担当は姫野さんになる。」

「はい。それで?」

「あぁ。その“中瀬様”なんだが、もう一つ…精神科医の"顔"を持つ方なんだ。」

そこまで言うと部長はフッと口角を上げて笑い、工藤は納得したという表情を浮かべてこう続けた。

「なるほど。つまり、俺に『頃合いを見て、姫野さんを“中瀬様”の店まで連れ出せ』ということですね?…確かに、専門のドクターが居る所の方が落ち着いて飲酒や食事が仕切り直せるかもしれませんね。俺の勝手なイメージですが、姫野さんは…自分の食事は摂らずに雑用ばかり引き受けそうですからね。それに、女性の"夜の1人歩き"は本当に危ないですし。」

「…だろ?だから、彼女を連れ出してほしいと思っていてな。」

「事情は分かりました。あとは姫野さんが私と歩くことが不快でなければ…引き受けます。」

「不快なんて…滅相もない!お礼を申し上げなければならないのは、私の方です。ありがとうございます。あの。でも、工藤さん…観月くんと一緒に幹事ですし、それに奥様が快く思わないのでは?」

幹事なんて、居る人間でやればいい。

しかし…そうだな、【妻子持ち】で通してるんだった。

「幹事なんて…その場に残る人間がやるでしょう、私でなければならない理由はないはずです。それに、妻は理解してくれていますからご心配なく。『“本条課長に託された後輩の女性”を送り届けていた。』と言えばそれで済みますから。何より、私は“この人”が到着するまでの繋ぎですから…それほど長居はしません。それに課長や部長のことてす。おそらく…どうにかして女性陣を撒いて出てきたり、引き剥がして課長を逃す算段は…今この瞬間からしているでしょう。」

工藤がそう言いながら、俺に視線を投げてきたので頷きで肯定しておいた。

「ふふっ。さすがは【本条課長の右腕】と言われる工藤さんですね!…でしたら、お言葉に甘えさせていただきます。」

「はい、そうして下さい。」

「俺からの用件はこれで終わりだが、姫野さんは他に気になることあるか?」

「あの、皆さん。もう少しだけ私にお時間をいただけますか?」

何かあるんだな…。
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