男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
27th Data 訪問先は[infini] ◇雅 side◇
「あっ!いけない。相談忘れてた。」
「…ん?"雅姉さん”、どうしました?」
翌日の午前のこと――。
フロアでの私の独り言を、右隣の席に座る観月くんが拾った。
「あぁ、拾われちゃったのね。今から言うわ。…工藤さん、観月くん。本日午後の訪問ですが、私が運転する形でも問題ありませんか?…と言っても、ここからなら5分ほどの距離ですが…。」
「えぇ、それは構いませんが…。ただ、変な気を使わせているのであれば申し訳ないので…その点はどうぞ遠慮なく。」
――ガチャ。
「“本条くん”。これのデータ部分の詳細って、まだ別にあったかな?…工藤くん。ちょっと聞こえてきたから一応言っておくと、今日の訪問時の運転は姫野さんに任せるといいよ。」
そう言って、本条課長のデスクの方から私たちの方に首だけ振り返った鳴海部長は、一瞬意味ありげに微笑みウィンクしてくる。
"あっ、覚えてて下さったんですね。私が後部座席にまだ乗れない"ってことを――。
いきなりで驚いたけど、さすが部長だわ。
課長に用があったのは本当でしょうけど、〔部長室〕を出てくるや否やサラッと助け舟出してくれる。
「あぁ。このデータの詳細なら、先日ちょうど姫野さんが整理してくれていたので、棚の中のファイルにありますね。姫野さん、一昨年の営業決算のデータ…ナンバーリングしてくれていたよな?」
そう言いながら、部長と課長が私のデスクへと歩いてくる。
「何月のデータをお探しですか?」
「10月〜12月だね。……で、工藤くん。さっきの話、途切れちゃったけど…。彼女、運転慣れてて上手らしいよ。よく乗せてもらってるっていう"鈴原さん情報"によるとね!」
私の傍に来てなお、部長はドライバーの話を続ける。
ここにきて、なぜこの話題を続けるのかと思ったけれど…〈PTSD〉の影響で私が後部座席に乗れないことを周囲に怪しまれることなく工藤さんに伝えるためだと、話の流れから感じ取った。
そして、本条課長の視線もかなり動いている。
鳴海部長の話の意図を汲み取りつつ、工藤さんがこの場の空気感で"口に出せない事情があるな"と読み取れているかを窺っている様子。
「10月〜12月なら、一昨年の"NO.6"という形でナンバー振りました。あそこの棚にありますが、お待ちしましょうか?」
「いえ。場所さえ分かれば大丈夫ですよ、ゆっくり見たいので後はこちらでやります。ありがとう。」
数人で話しているからなのか、鳴海部長は話の途中で資料を取りに行こうとしていた私をやんわりと制した。
「あと、“鈴原秘書”は私を過大評価しすぎです。大したことないですよ。」
「そんなことないですよ、姫野さん。いつも乗り心地良いですし。工藤さん…。彼女の運転の上手さは私が保証します。」
もう、柚ちゃんったら…。大袈裟ね。
「工藤、訪問先に到着するまでに下準備もいくつかあるだろう。本人が申し出てくれたんだ、任せるといい。」
本条課長が、最後の念押しとでも言うように工藤さんに告げる。
「遠慮されているのであればと思いましたが、そうではなかったようですね。安心しました。…複数回、同乗されている鈴原秘書が言うなら間違いないのでしょう。ぜひお願いしたいですね。」
工藤さんが私に微笑んだ。
「“雅姉さん”の運転かぁ、楽しみだなぁ…。」
「楽しみって、なぁに?…私それほど上手くないわよ?そんなに褒められても、あげられる物無いからね?勘弁して。」
私は観月くんに、冗談めかして返した。
**
――[infini]の駐車場の場所は昨日聞いたし……。
もう、課長に確認しておくべきこと…無いわよね?そろそろ、出発される時間だから。
間もなく13時半になるというタイミングで、自席を立ち外回りの支度を始める本条課長の姿を見て…私は思考を巡らせる。
「――時間だから俺は先に出るが…。姫野さん、しっかりな。…とは言っても、プレッシャーをかけてるわけじゃない。あなたならできるから。それに、クライアントは中瀬さんだから。安心して臨みなさい。それから分からないことは、観月や工藤に遠慮なく聞けば良いから。…報告を楽しみに帰ってくるよ。」
ご期待に応えられるよう精一杯頑張りますね、課長。
「はい、本条課長。行ってらっしゃいませ。」
「じゃあ。観月、工藤。姫野さんのフォロー、よろしく頼むな。」
「はい。」
「それでは、速水主任。しばらく〔営業1課〕をお願いします。」
「はい。お任せ下さい、本条課長。」
速水主任のその一言を背中で聞きながら、彼はフロアを慌てず品のある後ろ姿で出ていった。
「“観月さん”、そろそろ出発できますか?」
本条課長がフロアを出ていかれてから、20分ほど経った頃…私は観月くんに声を掛けた。
「少し待って下さい。もう、キリつきますから!」
「工藤さんは…?…と思いましたけれど、声掛けるまでもなく準備万端ですね!」
「私は整っていますから、いつでも構いません。観月の準備ができ次第出発しましょうか。」
「はい、工藤さん。」
こうして観月くんの業務のキリがついたところで、彼や工藤さんとともに私の車で[infini]へと出発するため地下駐車場に移動する。
**
「おー。左ハンドルの〔アウディ"S4"〕ときましたか!!しかも車体の手入れも行き届いてますね!これは鳴海部長が豪語するわけだ。」
駐車場に着き、私の愛車を見るなり工藤さんはそんな言葉を口にした。
「ふふ。お褒めいただきありがとうございます、工藤さん。」
「…ん?どういうことですか?」
「…ん?分からないか、観月。手入れがきちんとされてるってことは、普段から乗ってるってことだよ。その分汚れるんだから。ましてや、ここは右ハンドルが基本の日本だ。そんな中、あえて左ハンドルを運転してるんだから相当な【車好き】で、テクニカルだってことだよ。」
「さて、ロック開けますから乗って下さいね。お2人とも。」
そう声を掛けて、私自身も運転席に乗り込んだ。
「それでは、安全運転で参ります。」
「お願いします!」
シートベルト着用など、諸々の確認をしてから私はゆっくりとアクセルを踏み、発進させた――。
「…ん?"雅姉さん”、どうしました?」
翌日の午前のこと――。
フロアでの私の独り言を、右隣の席に座る観月くんが拾った。
「あぁ、拾われちゃったのね。今から言うわ。…工藤さん、観月くん。本日午後の訪問ですが、私が運転する形でも問題ありませんか?…と言っても、ここからなら5分ほどの距離ですが…。」
「えぇ、それは構いませんが…。ただ、変な気を使わせているのであれば申し訳ないので…その点はどうぞ遠慮なく。」
――ガチャ。
「“本条くん”。これのデータ部分の詳細って、まだ別にあったかな?…工藤くん。ちょっと聞こえてきたから一応言っておくと、今日の訪問時の運転は姫野さんに任せるといいよ。」
そう言って、本条課長のデスクの方から私たちの方に首だけ振り返った鳴海部長は、一瞬意味ありげに微笑みウィンクしてくる。
"あっ、覚えてて下さったんですね。私が後部座席にまだ乗れない"ってことを――。
いきなりで驚いたけど、さすが部長だわ。
課長に用があったのは本当でしょうけど、〔部長室〕を出てくるや否やサラッと助け舟出してくれる。
「あぁ。このデータの詳細なら、先日ちょうど姫野さんが整理してくれていたので、棚の中のファイルにありますね。姫野さん、一昨年の営業決算のデータ…ナンバーリングしてくれていたよな?」
そう言いながら、部長と課長が私のデスクへと歩いてくる。
「何月のデータをお探しですか?」
「10月〜12月だね。……で、工藤くん。さっきの話、途切れちゃったけど…。彼女、運転慣れてて上手らしいよ。よく乗せてもらってるっていう"鈴原さん情報"によるとね!」
私の傍に来てなお、部長はドライバーの話を続ける。
ここにきて、なぜこの話題を続けるのかと思ったけれど…〈PTSD〉の影響で私が後部座席に乗れないことを周囲に怪しまれることなく工藤さんに伝えるためだと、話の流れから感じ取った。
そして、本条課長の視線もかなり動いている。
鳴海部長の話の意図を汲み取りつつ、工藤さんがこの場の空気感で"口に出せない事情があるな"と読み取れているかを窺っている様子。
「10月〜12月なら、一昨年の"NO.6"という形でナンバー振りました。あそこの棚にありますが、お待ちしましょうか?」
「いえ。場所さえ分かれば大丈夫ですよ、ゆっくり見たいので後はこちらでやります。ありがとう。」
数人で話しているからなのか、鳴海部長は話の途中で資料を取りに行こうとしていた私をやんわりと制した。
「あと、“鈴原秘書”は私を過大評価しすぎです。大したことないですよ。」
「そんなことないですよ、姫野さん。いつも乗り心地良いですし。工藤さん…。彼女の運転の上手さは私が保証します。」
もう、柚ちゃんったら…。大袈裟ね。
「工藤、訪問先に到着するまでに下準備もいくつかあるだろう。本人が申し出てくれたんだ、任せるといい。」
本条課長が、最後の念押しとでも言うように工藤さんに告げる。
「遠慮されているのであればと思いましたが、そうではなかったようですね。安心しました。…複数回、同乗されている鈴原秘書が言うなら間違いないのでしょう。ぜひお願いしたいですね。」
工藤さんが私に微笑んだ。
「“雅姉さん”の運転かぁ、楽しみだなぁ…。」
「楽しみって、なぁに?…私それほど上手くないわよ?そんなに褒められても、あげられる物無いからね?勘弁して。」
私は観月くんに、冗談めかして返した。
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――[infini]の駐車場の場所は昨日聞いたし……。
もう、課長に確認しておくべきこと…無いわよね?そろそろ、出発される時間だから。
間もなく13時半になるというタイミングで、自席を立ち外回りの支度を始める本条課長の姿を見て…私は思考を巡らせる。
「――時間だから俺は先に出るが…。姫野さん、しっかりな。…とは言っても、プレッシャーをかけてるわけじゃない。あなたならできるから。それに、クライアントは中瀬さんだから。安心して臨みなさい。それから分からないことは、観月や工藤に遠慮なく聞けば良いから。…報告を楽しみに帰ってくるよ。」
ご期待に応えられるよう精一杯頑張りますね、課長。
「はい、本条課長。行ってらっしゃいませ。」
「じゃあ。観月、工藤。姫野さんのフォロー、よろしく頼むな。」
「はい。」
「それでは、速水主任。しばらく〔営業1課〕をお願いします。」
「はい。お任せ下さい、本条課長。」
速水主任のその一言を背中で聞きながら、彼はフロアを慌てず品のある後ろ姿で出ていった。
「“観月さん”、そろそろ出発できますか?」
本条課長がフロアを出ていかれてから、20分ほど経った頃…私は観月くんに声を掛けた。
「少し待って下さい。もう、キリつきますから!」
「工藤さんは…?…と思いましたけれど、声掛けるまでもなく準備万端ですね!」
「私は整っていますから、いつでも構いません。観月の準備ができ次第出発しましょうか。」
「はい、工藤さん。」
こうして観月くんの業務のキリがついたところで、彼や工藤さんとともに私の車で[infini]へと出発するため地下駐車場に移動する。
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「おー。左ハンドルの〔アウディ"S4"〕ときましたか!!しかも車体の手入れも行き届いてますね!これは鳴海部長が豪語するわけだ。」
駐車場に着き、私の愛車を見るなり工藤さんはそんな言葉を口にした。
「ふふ。お褒めいただきありがとうございます、工藤さん。」
「…ん?どういうことですか?」
「…ん?分からないか、観月。手入れがきちんとされてるってことは、普段から乗ってるってことだよ。その分汚れるんだから。ましてや、ここは右ハンドルが基本の日本だ。そんな中、あえて左ハンドルを運転してるんだから相当な【車好き】で、テクニカルだってことだよ。」
「さて、ロック開けますから乗って下さいね。お2人とも。」
そう声を掛けて、私自身も運転席に乗り込んだ。
「それでは、安全運転で参ります。」
「お願いします!」
シートベルト着用など、諸々の確認をしてから私はゆっくりとアクセルを踏み、発進させた――。