男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「…工藤さん。私が以前から工藤さんに少しずつお話している〈PTSD〉の件について、鳴海部長や本条課長にお話するにあたり…課長のお姉様と“中瀬様”にご尽力いただいたんです。ちなみに、課長のお姉様は…私の主治医でもあります。」

私が事情を説明すると、工藤さんは「納得した」とでも言うようにクールに微笑む。

「大したことはしていません。私は、集まる場所として(ここ)を貸しただけですし、頑張ったのは姫野さん自身ですよ。そんな姿勢を見て、"担当をお願いしたい!"と思ったわけですし。……あっ、なるほど。〈PTSD〉の件は、工藤さんにもすでに伝えられたのですね。では、その蕁麻疹(じんましん)は話したことによる刺激から反応が出たものですね?処置は?…それほど酷くはないので問題は無いと思いますが――。」

私が「塗布後です」と伝えると、「心配無用でしたね、さすがです」と中瀬さんは優しく笑ってくれた。

「…!!“中瀬様”。あの、先ほど…姫野さんを営業担当にしたのは、我が社ではなく…あなた様自身と仰いましたか?」

「えぇ。私が『[infini](うち)の営業担当は姫野さんが良いです』と本条さんにお願いしたんです。」

「お客様からの、直々の指名だったとは……。うちの課としては快挙じゃなかったかな。私もウカウカしていられないですね。」

工藤さんと中瀬さんのやり取りを聞きながら、私は恐縮してしまい肩を(すく)めて…恥ずかしさのあまり、とっさに課長の話を出してしまった。

「す、すごいと言えば…私じゃなく本条課長ですよ。私がここで仕事しやすいように交渉して下さったのは課長ですから。」

「はは。ここでも“黒薔薇”はキッチリ仕事をされましたか。…あの人らしいな。」

「あれは…マジでカッコよかったですね。“姫野さん”の体調のこととか、キッチリ伝えてましたし。」

ここまで黙っていた観月くんが、会話に入ってきた。
おそらく、工藤さんと中瀬さんの会話のテンポが良すぎて入れなかったんだと思う。

「あれは――。まさに“仕事のデキる男”って感じだったね。理論的で言葉に迷いがなかったし、言い淀んでもなかった。あれだけ堂々と理詰めしてくるタイプの人間…苦手な人は苦手だろうね。僕が同業他社なら、一目置くし敵には回したくないかなー。」

「さて、このままずっと談笑しているわけにもいきませんし…。姫野さん、観月、ここからは2人でしっかり進めて下さい。私は待機しているので、何かあれば相談して下さい。」

「あぁ、なるほど。工藤さんは"そういうポジション"なんですね!」

中瀬さんが「ははッ!」小さく笑いを零し、冗談っぽくそう言うので、私も思わず話題に乗っかってみる。

「“中瀬様”。工藤は、(わたくし)共〔営業部〕で…“現場のNO.1営業マン” と言われ、課長である本条の【右腕】と皆が口を揃えて言うほどの実力者です!もちろん。まずは(わたくし)…姫野が精一杯サポートさせていただきますが、至らぬ点がある際には観月や工藤の助言を受けつつ話を進めてまいりますので、どうぞご安心下さいませ。」

「フッ!【本条さんの右腕】ときましたか。それは頼もしいですね!」

中瀬さんは、"おぉ!やっぱり!"とでも言うように目を見開いた後、"クククッ!"と肩を揺らして笑っていた。
おそらく、あまりにもイメージ通りだったんだろうなぁ…。

「はは!姫野さん、そんなオーバーな!私を買い被りすぎでは?…まぁ、良いですけど。…さぁ、始めて下さい。」

こうして、私は初のクライアントである“中瀬様”とともに(ここ)のPCを選んでいく。

「“中瀬様”から事前にお伝えいただいた条件をもとに、私と“観月さん”で"これならば!"と思うものをピックアップし資料としてまとめてきました。――こちらです。」

そう言いながら、私がこの説明のために作成したPCの資料を、中瀬さんの前に差し出した。
ちなみに。これはここ数日の間で私が少しずつ作ったもので、本条課長や観月くんにも確認してもらった資料だ。

「あっ、6台まで絞っていただいたんですね!ありがとうございます。…へぇ。セミデスクトップPCなんてあるんですね!名前の響きからすると、ノートよりはハイスペックだけど本家デスクトップよりは劣るって感じなのかな。」

「そうですね。性能面は今“中瀬様”が仰られた通りでございます。それに加えて、本体・ディスプレイ・キーボードそれぞれ【本家】よりは小型化していて…会社で使われている一般的なデスクより一回り小さな机にも置けます。『ノートPCより大きな画面で仕事がしたいけど、デスクトップを置くスペースは無いから悩んでた』なんて方にはオススメですね!」

「なるほど。」

「また、ノートPCですと本体とディスプレイが一体化しているため修理となるとPCそのものをお預かりしなければなりませんが、こちらであればデスクトップの仕様も受け継いでいますので…不具合がある場合、その部分のみ修理に出すということも可能です。」

「確かに。修理の時…全修理ではなく、部分修理になるのは大きなメリットだな。…ただ。やっぱり詳しいことは覚えきれていないので、“この手のことが詳しい人間”に相談して改めてのご連絡でも良いですか?」

「はい。それはもちろんでございます!…大学生の“沢城様"と仰っしゃいましたっけ?…PC詳しい方。」

私が、前回ここに来た時の記憶を頼りに話を振ると…中瀬さんはすんなり肯定してくれた。

「えぇ、沢城です。現役の理工学部生ですから。」

「それは間違いなく詳しい方ですね!」

観月くんと工藤さんは顔を見合わせて笑い、そんな2人を見て私と中瀬さんも笑ってしまった。

「それでは、バージョンについては後日改めてご連絡いただくということで…あとご確認いただくことは――。」

「“姫野さん”、プロバイダーの件を聞いて下さい。」

そうだった!
観月くんの助言から、ネット回線の話をしたところ噂の“沢城くん”に他社より我が社の回線を勧められたと言うから驚いた。

「今のプロバイダーの契約書、どこに仕舞ったんだったかな。申し訳ないですが、ちょっと探してきて良いですか?」

「あっ、それなら私もお手伝いします!」

「えっ、そんなことまでは――。」

そう言う中瀬さんに、私は懇願するように見つめる。
さっき用意したメモ入りの名刺を渡すなら、このタイミングしかないと思ったからだ。

「…とは思いましたけど、1人で探すより手伝っていただいた方が早く見つかるかもしれないので、やっぱりお願いしても良いですか?姫野さん。」

そんな私を見て、何かを感じ取ってくれたであろう中瀬さんは「行きましょう、こちらです」と言い、以前の来店時に【薬の塗布で使わせてくれた部屋】の方へ歩みを進めた。
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