男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「姫野さん、キリついた?もう行ける?」
「はい。立花さん、出られます。お誘いいただいてありがとうございます。」
結局、昨日は会社に戻ってから本条課長に訪問の結果を報告して、中瀬さんから新たに出た希望などをデータに落とし込んでから帰宅した。
そして今日はというと――。
今から約3時間半後に、引き続き会う予定の中瀬さんに向けてのPCに関する資料を作ったり電話対応をしていたら1日が終わっていた。
――ハァ。歓迎会…行きたくない。
でも、一応営業部では私“新人”だしなぁ…行かないわけにもいかないし…。
言葉と行動が裏腹なのは、この"歓迎会"という名の"飲み会"に…私の心が全く踊らないからだ。
アルコールが入っていない状態でも、人が怖いと思うのに…“お酒が入って理性が効かない下心満載のおじさん”なんて、私からしたら恐怖の対象でしかない。
「姫野さん、立花さん。私たちも一緒にいいですか?…観月、そろそろ出よう。会場に幹事が居ないんじゃ…話にならない。」
"あー。どうしよう。"と心の中で嘆いていたら、工藤さんが観月くんにそう呼びかけていた。
「はい。そうっすね、工藤さん。」
"行きたくないけど…仕方ないか"と私も覚悟を決めて、立花さんや“幹事さん”たちとフロアを出たのだった。
**
「本日の店は、こちらです。」と工藤さんに案内されてやってきたのは、テレビでも取り上げられ「良心的な価格で美味しい料理が楽しめる」と話題の居酒屋〔和水〕だった。
「こんばんは、本日はお世話になります。団体で予約した、〔Platina Computer〕の工藤です。」
「いらっしゃいませ。工藤様、皆様。お待ちしておりました。」
暖簾を潜ると、おそらく50代半ばの女将さんであろう人が足早にやってきて挨拶してくれる。
「女将さん、“団体様”来られましたか?」
そう言ってカウンターの奥に位置する厨房から出てきたのは、私が常務の秘書だった頃によくご贔屓にしていただいていた割烹料理店〔築〕の、若大将である館川 司さんだった。
「あら?館川さんじゃありませんか?……今日はどうされたんですか?〔築〕の方は大丈夫なんですか?」
「えっ、あっ!これはこれは雅様!ご無沙汰しておりました。実は私、今こちらで板前の武者修行中なんですよ。父に、『いろんな店を見てこい!』と放り出されまして。店の方は、それこそ父が居るので通常通り回ってるんじゃないでしょうか。」
あぁ、そういうことだったのね!
「そういえば、今日は鳴海常務はご一緒ではないんですね。」
ちなみに、館川さんは私が男性に対して苦手意識を持っていることを知っている。
その理由は、以前家族で〔築〕へ食事に行った際、料理の説明をしに来てくれただけの彼の姿を見て…体が強張ってしまった上に、その事について後から母が彼に濁しながら上手く説明していたから。
また工藤さんたちの方も、館川さんから「鳴海常務」と名前が出たことで私と彼が仕事絡みで以前からの顔見知りだったと把握したんじゃないかと思う。
「私、この春から〔開発営業部〕へ異動になったんですよ。だから私はもう常務秘書ではないんです。今日は、私と今年度うちの部署に入った“新卒さん”の歓迎会を開いて下さるそうなんです。」
「あっ、そうなんですね。……ところで。雅様、本日は大丈夫なのですか?ITの会社の営業や開発の方々となると、男性が多いのでは?」
「お気遣い痛み入ります、館川さん。今ここにいらっしゃる本日の幹事の、工藤さんと“観月さん”は私の【事情】を把握しているので大丈夫です。そして、もうすぐ到着されるであろう私たちの上司の…鳴海や本条も知っています。」
「そうでしたか。それなら良かったです、安心しました。……ん?鳴海?…って、あー。確か鳴海常務にはご兄弟がいらっしゃったような…。」
「えぇ。お兄様と弟君がいらっしゃいますわ。そして、この度私の上司になったのは…弟君である“新一様”ですね。」
「あぁ、えっと。お三方とも会ってご挨拶した記憶がありますが…。おそらく仕事の話になると“眼光が鋭くなる方”ではなく、“常に爽やかな印象の方”が“新一様”ですよね。」
「そうですね。“眼光が鋭くなる方”は、常務のお兄様の専務ですね。…とは言っても、仕事を離れてしまえば専務もとてもお優しい方ですけれど。」
「…なら、私が料理の説明に伺ったタイミングの問題だったのですね。とても真剣に商談をされていたので、圧倒されまして…。……さて、それでは。私もそろそろ戻らないと。…また食事中など、何かお困りになるようなことがありましたら、遠慮なく呼んでくださいね。」
館川さんは、そう言葉を残して厨房に戻っていった。
「姫野さん、やっぱりあなたってお嬢様なのね!〔築〕って築地にある有名な割烹のお店じゃない。そこの板前さんと知り合いだなんて。…それに言葉使いもやっぱり品があるし。感心しちゃったわ!」
「そんなそんな!大袈裟ですよ、立花さん。」
立花さんとそんな会話をしていると――。
「こんばんはー。あっ、工藤くんたち居る。よかった、合ってる合ってる。」
「鳴海部長、お疲れ様で――。」
「ちょっと!芹沢さん!本条課長は今日私と飲むのよ!空気読んで遠慮しなさいよ!」
「神崎先輩こそ、空気読めてないんじゃないですか!?今日は〔1課〕の歓迎会ですよ。朝日奈課長や堤課長は分かりますけど、正直言ってそれ以外の〔2課〕の人たちは関係ないじゃないですか!それに、クジ外したくせになんで来たんですかぁ?」
「なんですって…!」
あぁ、神崎さんと芹沢さんも一緒に来たのね。どうりで騒がしいと思った。
ハァー。こんなに騒いで恥ずかしくないのかしら。
本条課長、本当にお疲れ様です。
「花恋、やめなよ。さすがに言い過ぎ。」
「何よ、柑奈!神崎先輩の肩持つの!?」
「違うけど。」
あら、福原さんが止める側に回るなんて。
「やっとこの子たち黙ったね、史織。」
そう若干の皮肉を込めて言うのは、神崎さんと同じ〔2課〕に所属する人で彼女と親しげにしている女性社員だった。
「神崎、芹沢…うるさい。店に着くまでには黙るかと思って様子見てたが…その気も無いらしいな。俺の怒りをこれ以上買いたくないなら、この絡めてる腕をさっさとどかせ。俺は部長と、まず店主さんや女将さんに挨拶しなきゃならない。…ここから、どうするべきかが分からないほどお前たちもバカじゃないだろ。……福原、朝日奈課長、いったん2人を引き取ってくれ。」
本条課長はそんなセリフを吐き捨てるように言い、福原さんに芹沢さんを…朝日奈課長に神崎さんを引き渡して、自身の身の自由を確保していた。
この状況じゃ…課長がお怒りになるのも無理ないのよね。
「はい。立花さん、出られます。お誘いいただいてありがとうございます。」
結局、昨日は会社に戻ってから本条課長に訪問の結果を報告して、中瀬さんから新たに出た希望などをデータに落とし込んでから帰宅した。
そして今日はというと――。
今から約3時間半後に、引き続き会う予定の中瀬さんに向けてのPCに関する資料を作ったり電話対応をしていたら1日が終わっていた。
――ハァ。歓迎会…行きたくない。
でも、一応営業部では私“新人”だしなぁ…行かないわけにもいかないし…。
言葉と行動が裏腹なのは、この"歓迎会"という名の"飲み会"に…私の心が全く踊らないからだ。
アルコールが入っていない状態でも、人が怖いと思うのに…“お酒が入って理性が効かない下心満載のおじさん”なんて、私からしたら恐怖の対象でしかない。
「姫野さん、立花さん。私たちも一緒にいいですか?…観月、そろそろ出よう。会場に幹事が居ないんじゃ…話にならない。」
"あー。どうしよう。"と心の中で嘆いていたら、工藤さんが観月くんにそう呼びかけていた。
「はい。そうっすね、工藤さん。」
"行きたくないけど…仕方ないか"と私も覚悟を決めて、立花さんや“幹事さん”たちとフロアを出たのだった。
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「本日の店は、こちらです。」と工藤さんに案内されてやってきたのは、テレビでも取り上げられ「良心的な価格で美味しい料理が楽しめる」と話題の居酒屋〔和水〕だった。
「こんばんは、本日はお世話になります。団体で予約した、〔Platina Computer〕の工藤です。」
「いらっしゃいませ。工藤様、皆様。お待ちしておりました。」
暖簾を潜ると、おそらく50代半ばの女将さんであろう人が足早にやってきて挨拶してくれる。
「女将さん、“団体様”来られましたか?」
そう言ってカウンターの奥に位置する厨房から出てきたのは、私が常務の秘書だった頃によくご贔屓にしていただいていた割烹料理店〔築〕の、若大将である館川 司さんだった。
「あら?館川さんじゃありませんか?……今日はどうされたんですか?〔築〕の方は大丈夫なんですか?」
「えっ、あっ!これはこれは雅様!ご無沙汰しておりました。実は私、今こちらで板前の武者修行中なんですよ。父に、『いろんな店を見てこい!』と放り出されまして。店の方は、それこそ父が居るので通常通り回ってるんじゃないでしょうか。」
あぁ、そういうことだったのね!
「そういえば、今日は鳴海常務はご一緒ではないんですね。」
ちなみに、館川さんは私が男性に対して苦手意識を持っていることを知っている。
その理由は、以前家族で〔築〕へ食事に行った際、料理の説明をしに来てくれただけの彼の姿を見て…体が強張ってしまった上に、その事について後から母が彼に濁しながら上手く説明していたから。
また工藤さんたちの方も、館川さんから「鳴海常務」と名前が出たことで私と彼が仕事絡みで以前からの顔見知りだったと把握したんじゃないかと思う。
「私、この春から〔開発営業部〕へ異動になったんですよ。だから私はもう常務秘書ではないんです。今日は、私と今年度うちの部署に入った“新卒さん”の歓迎会を開いて下さるそうなんです。」
「あっ、そうなんですね。……ところで。雅様、本日は大丈夫なのですか?ITの会社の営業や開発の方々となると、男性が多いのでは?」
「お気遣い痛み入ります、館川さん。今ここにいらっしゃる本日の幹事の、工藤さんと“観月さん”は私の【事情】を把握しているので大丈夫です。そして、もうすぐ到着されるであろう私たちの上司の…鳴海や本条も知っています。」
「そうでしたか。それなら良かったです、安心しました。……ん?鳴海?…って、あー。確か鳴海常務にはご兄弟がいらっしゃったような…。」
「えぇ。お兄様と弟君がいらっしゃいますわ。そして、この度私の上司になったのは…弟君である“新一様”ですね。」
「あぁ、えっと。お三方とも会ってご挨拶した記憶がありますが…。おそらく仕事の話になると“眼光が鋭くなる方”ではなく、“常に爽やかな印象の方”が“新一様”ですよね。」
「そうですね。“眼光が鋭くなる方”は、常務のお兄様の専務ですね。…とは言っても、仕事を離れてしまえば専務もとてもお優しい方ですけれど。」
「…なら、私が料理の説明に伺ったタイミングの問題だったのですね。とても真剣に商談をされていたので、圧倒されまして…。……さて、それでは。私もそろそろ戻らないと。…また食事中など、何かお困りになるようなことがありましたら、遠慮なく呼んでくださいね。」
館川さんは、そう言葉を残して厨房に戻っていった。
「姫野さん、やっぱりあなたってお嬢様なのね!〔築〕って築地にある有名な割烹のお店じゃない。そこの板前さんと知り合いだなんて。…それに言葉使いもやっぱり品があるし。感心しちゃったわ!」
「そんなそんな!大袈裟ですよ、立花さん。」
立花さんとそんな会話をしていると――。
「こんばんはー。あっ、工藤くんたち居る。よかった、合ってる合ってる。」
「鳴海部長、お疲れ様で――。」
「ちょっと!芹沢さん!本条課長は今日私と飲むのよ!空気読んで遠慮しなさいよ!」
「神崎先輩こそ、空気読めてないんじゃないですか!?今日は〔1課〕の歓迎会ですよ。朝日奈課長や堤課長は分かりますけど、正直言ってそれ以外の〔2課〕の人たちは関係ないじゃないですか!それに、クジ外したくせになんで来たんですかぁ?」
「なんですって…!」
あぁ、神崎さんと芹沢さんも一緒に来たのね。どうりで騒がしいと思った。
ハァー。こんなに騒いで恥ずかしくないのかしら。
本条課長、本当にお疲れ様です。
「花恋、やめなよ。さすがに言い過ぎ。」
「何よ、柑奈!神崎先輩の肩持つの!?」
「違うけど。」
あら、福原さんが止める側に回るなんて。
「やっとこの子たち黙ったね、史織。」
そう若干の皮肉を込めて言うのは、神崎さんと同じ〔2課〕に所属する人で彼女と親しげにしている女性社員だった。
「神崎、芹沢…うるさい。店に着くまでには黙るかと思って様子見てたが…その気も無いらしいな。俺の怒りをこれ以上買いたくないなら、この絡めてる腕をさっさとどかせ。俺は部長と、まず店主さんや女将さんに挨拶しなきゃならない。…ここから、どうするべきかが分からないほどお前たちもバカじゃないだろ。……福原、朝日奈課長、いったん2人を引き取ってくれ。」
本条課長はそんなセリフを吐き捨てるように言い、福原さんに芹沢さんを…朝日奈課長に神崎さんを引き渡して、自身の身の自由を確保していた。
この状況じゃ…課長がお怒りになるのも無理ないのよね。