男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
4th Data 紳士な“黒薔薇” ◇雅 side◇
そして、常務と顔を合わせるなり「昨夜は申し訳ございませんでした!」とお詫びした。
彼の右頬に貼られた湿布を見ると、少し心が痛い。
彼からも「ごめんね。」と謝罪があるところをみると、専務が何か言ってくれたのかもしれないと思った。
ただ同時に、何の悪気もなく「僕の何がいけなかったの?」とも問われたから、自分がなぜ謝罪しているのか…根本的には分かっていないかもしれない。
まぁ。〈PTSD〉のことを打ち明けていない状態だから、彼にしてみれば"なぜ?"…とは当然思うだろう。
返答に困った私は、いつものように業務連絡だけを聞き取った。そして素早く自席に戻り、業務に取り掛かることでその場を凌いだ。
そして今は、ランチタイム――。
常務と居る気まずさに耐えられなかった私は、12時になるや否や〔第二役員室〕を飛び出しコンビニへ行った後、戻ってきて…どこで昼食を摂ろうか迷っていた。
どのみち、社内の休憩スペースで食べようが、〔本部棟〕と〔生産・資料棟〕の間にある中庭で食べようが…美島さんには探されるだろう。常務の頬を引っぱ叩いた時点で、それは確定だ。
だったら、せめて…見つかってしまうまでは外の空気を吸っていよう。
そう思った私は、中庭のベンチでサンドイッチを頬張った。
ここは警備員さんの知人の庭師さんが定期的に来られて手入れをして下さっている場所だ。
季節によって花を咲かせる草花が変わるから、訪れる度違った景色が楽しめる素敵な空間で…私の【癒しスポット】だ。
そんな場所にそぐわない、嫌味な声が耳に届く。
「あら、常務秘書の姫野さんともあろう方が…こんな一般社員が使うような中庭でランチですか?…しかもお1人で。」
美島 玲華と、その後ろには…“いつもの顔ぶれ”が揃っていた。
美國 誉子に西園寺 美珠……あなたたちも暇ねー。
「えぇ、今日は1人で食べたかったんです。あぁ、それから…。用件は昼休み中に終わらせて下さいね、美島さん。」
「あなた、本当に何様のつもりかしら?…昨夜は“あの方”とどちらに行かれたのかしら?“剛さま”の『〔鮮やかな赤のメルセデス〕にあなたが乗るのを見た。』と…美國さんが言ってましたけれど?」
私にしてみれば、"あなたのたちの方が何様かしら?"…と思うのだけれど。
「……。」
「どうして黙っているのかしら?……そうそう。今朝、“剛さま”が右頬に湿布を貼ってご出勤されたの。理由は何かご存知かしら?」
「……。」
こんな時は、刺激しないのが得策ね。
「どうして何も言わないのかしら?……何とか言ったらどうなの!?」
無言を貫く私が、美國さんは気に入らなかったらしい。
「…いいのかしら?ここは中庭、あまり目立った動きをしていると誰かが来るかもしれませんよ。」
「――っ!……これで終わりだと思ってないですわよね?」
「…場所を変えましょ。美國さん、西園寺さん。」
「そうですわね。美島さん。」
さて、今日はいくつ痣が作られるかしらね……。
「まさか、あなたが叩いたとか言わないわよね?」
いつも通り、秘書課専用の更衣室に入ってすぐ美島さんに問い詰められる。
「……。」
「本当に…あなたの口はお飾りかしら?」
「何とでも言って下さい…。」
あなたたちに話すことなんて、何もないわよ。
私の言葉を信じない、あなたたちに話すことなんてね…。
「本当に生意気ね。」
――ガンッ!
背中を、ロッカーにわざと強くぶつけられる。
「――い、っ!」
怖い……。でも、ここで負けちゃダメ…。
ちょっと息上がってきた気がする。
深呼吸、深呼吸よ。私!
美島さんの手が、私の髪に伸びてくる。
過去にも何度かやられたことあるけど、髪の毛引っ張られて…ロッカーに頭押し付けられるんだろうな。
「(ガチャッ!)…あなたたち何やってるの!!」
そんな鋭い言葉とともに勢いよくドアが開かれて…入ってきたのは花森先輩と柚ちゃんだった。
それと同時に3人の手が私の体から離れていき…支えを失った私の体は、ロッカーの前にヘナヘナと座り込むように崩れ落ちた。
「姫ちゃんっ!!大丈夫!?」
顔を上げる気力もないから、声がする方向に目は向けられなかったけど…柚ちゃんが駆け寄ってくるのが分かった。
「あなたたちに10日の自宅謹慎処分を言い渡すわ。あなたたちの上司と"上"には報告しておくから、今すぐ荷物をまとめて帰りなさい。」
花森先輩の言葉に…3人は反省するどころか焦ることもなく「証拠も無いのにどうやって説明するんですか?」なんて抗議していた。
「証拠がない?いいえ、あるわよ?…今の【大きな物音】は私と鈴原さんだけじゃなく、廊下に居る鳴海開発営業部長も聞いていたから少なくとも3人は証人が居るわよ。」
「――っ!」
3人が、"これはマズイ…。"と息を呑んだのが分かった。
「それに何回繰り返してると思ってるの?あなたたちもバカじゃないでしょうからカメラの無い所で…とは考えたようだけど。繰り返しやっていれば"ウラ"は取れてくるもの。…とにかく、今のあなたたちは会社に必要ないから帰りなさい。謹慎後そのまま解雇になることも覚悟しておくのね。」
花森先輩がそう強く言い切ると、3人は逃げるように更衣室から出て行った。
「姫野さんごめんなさい、助けに入るのが遅くなって。受付の朝倉さんから『姫野さんが美島さんたちと一緒に居ます。大丈夫でしょうか?』って鳴海部長に連絡あったみたいで。おそらく〔第一役員室〕に掛けようとして間違えちゃったのね。…すぐに鳴海部長から連絡をもらって飛んできたの。」
そっか、朝倉さんね。代わりにSOS出してくれたんだ。
それで鳴海部長と柚ちゃんの組み合わせだったのか…。
受付だから絶対通るもんね…ありがとう。
朝倉 琴美さんは、今年で入社2年目の受付嬢さん。
“アンチ姫野派”もそれなりに多い中、彼女はエントランスを通る度に「姫野さん。」と笑顔で声を掛けてくれる優しい子だ。
また飲み物やお菓子を差し入れしよう。
そんなことを頭の片隅で考えていると、花森先輩からこの後の流れを説明される。
「いい?姫野さん。今日はもう、あなたがどれだけ『仕事したい』って言っても許可できない。受診すること。これは秘書課長命令ね。専務と私は今から会議もあるし、この報告もしないといけないから付き添えないけど…鳴海部長と鈴原さんが付き添ってくれるわ。」
「はい。」
結局、今日ほとんど仕事してないな…。
でも「秘書課長命令」と言われてしまえば従うしかない。
それに花森先輩は、きっと私が本調子ではないことも気づいている。
だからこそ、わざと「秘書課長命令」と言っているような気する。
今は体つらいし、今日はお言葉に甘えよう。
それはそうと、ありがたいけど鳴海部長たちだって仕事はあるはずなのに…良いのかしら。
「姫野さん、お気遣いありがとうございます。僕たちの業務を心配して下さって。ですが、ご心配なく。あなたを病院に送り届けて、【やるべき仕事】を終えたら…すぐ社に戻ります。」
私の心中を察したのか、鳴海部長が穏やかに笑ってそう答えてくれる。
彼の右頬に貼られた湿布を見ると、少し心が痛い。
彼からも「ごめんね。」と謝罪があるところをみると、専務が何か言ってくれたのかもしれないと思った。
ただ同時に、何の悪気もなく「僕の何がいけなかったの?」とも問われたから、自分がなぜ謝罪しているのか…根本的には分かっていないかもしれない。
まぁ。〈PTSD〉のことを打ち明けていない状態だから、彼にしてみれば"なぜ?"…とは当然思うだろう。
返答に困った私は、いつものように業務連絡だけを聞き取った。そして素早く自席に戻り、業務に取り掛かることでその場を凌いだ。
そして今は、ランチタイム――。
常務と居る気まずさに耐えられなかった私は、12時になるや否や〔第二役員室〕を飛び出しコンビニへ行った後、戻ってきて…どこで昼食を摂ろうか迷っていた。
どのみち、社内の休憩スペースで食べようが、〔本部棟〕と〔生産・資料棟〕の間にある中庭で食べようが…美島さんには探されるだろう。常務の頬を引っぱ叩いた時点で、それは確定だ。
だったら、せめて…見つかってしまうまでは外の空気を吸っていよう。
そう思った私は、中庭のベンチでサンドイッチを頬張った。
ここは警備員さんの知人の庭師さんが定期的に来られて手入れをして下さっている場所だ。
季節によって花を咲かせる草花が変わるから、訪れる度違った景色が楽しめる素敵な空間で…私の【癒しスポット】だ。
そんな場所にそぐわない、嫌味な声が耳に届く。
「あら、常務秘書の姫野さんともあろう方が…こんな一般社員が使うような中庭でランチですか?…しかもお1人で。」
美島 玲華と、その後ろには…“いつもの顔ぶれ”が揃っていた。
美國 誉子に西園寺 美珠……あなたたちも暇ねー。
「えぇ、今日は1人で食べたかったんです。あぁ、それから…。用件は昼休み中に終わらせて下さいね、美島さん。」
「あなた、本当に何様のつもりかしら?…昨夜は“あの方”とどちらに行かれたのかしら?“剛さま”の『〔鮮やかな赤のメルセデス〕にあなたが乗るのを見た。』と…美國さんが言ってましたけれど?」
私にしてみれば、"あなたのたちの方が何様かしら?"…と思うのだけれど。
「……。」
「どうして黙っているのかしら?……そうそう。今朝、“剛さま”が右頬に湿布を貼ってご出勤されたの。理由は何かご存知かしら?」
「……。」
こんな時は、刺激しないのが得策ね。
「どうして何も言わないのかしら?……何とか言ったらどうなの!?」
無言を貫く私が、美國さんは気に入らなかったらしい。
「…いいのかしら?ここは中庭、あまり目立った動きをしていると誰かが来るかもしれませんよ。」
「――っ!……これで終わりだと思ってないですわよね?」
「…場所を変えましょ。美國さん、西園寺さん。」
「そうですわね。美島さん。」
さて、今日はいくつ痣が作られるかしらね……。
「まさか、あなたが叩いたとか言わないわよね?」
いつも通り、秘書課専用の更衣室に入ってすぐ美島さんに問い詰められる。
「……。」
「本当に…あなたの口はお飾りかしら?」
「何とでも言って下さい…。」
あなたたちに話すことなんて、何もないわよ。
私の言葉を信じない、あなたたちに話すことなんてね…。
「本当に生意気ね。」
――ガンッ!
背中を、ロッカーにわざと強くぶつけられる。
「――い、っ!」
怖い……。でも、ここで負けちゃダメ…。
ちょっと息上がってきた気がする。
深呼吸、深呼吸よ。私!
美島さんの手が、私の髪に伸びてくる。
過去にも何度かやられたことあるけど、髪の毛引っ張られて…ロッカーに頭押し付けられるんだろうな。
「(ガチャッ!)…あなたたち何やってるの!!」
そんな鋭い言葉とともに勢いよくドアが開かれて…入ってきたのは花森先輩と柚ちゃんだった。
それと同時に3人の手が私の体から離れていき…支えを失った私の体は、ロッカーの前にヘナヘナと座り込むように崩れ落ちた。
「姫ちゃんっ!!大丈夫!?」
顔を上げる気力もないから、声がする方向に目は向けられなかったけど…柚ちゃんが駆け寄ってくるのが分かった。
「あなたたちに10日の自宅謹慎処分を言い渡すわ。あなたたちの上司と"上"には報告しておくから、今すぐ荷物をまとめて帰りなさい。」
花森先輩の言葉に…3人は反省するどころか焦ることもなく「証拠も無いのにどうやって説明するんですか?」なんて抗議していた。
「証拠がない?いいえ、あるわよ?…今の【大きな物音】は私と鈴原さんだけじゃなく、廊下に居る鳴海開発営業部長も聞いていたから少なくとも3人は証人が居るわよ。」
「――っ!」
3人が、"これはマズイ…。"と息を呑んだのが分かった。
「それに何回繰り返してると思ってるの?あなたたちもバカじゃないでしょうからカメラの無い所で…とは考えたようだけど。繰り返しやっていれば"ウラ"は取れてくるもの。…とにかく、今のあなたたちは会社に必要ないから帰りなさい。謹慎後そのまま解雇になることも覚悟しておくのね。」
花森先輩がそう強く言い切ると、3人は逃げるように更衣室から出て行った。
「姫野さんごめんなさい、助けに入るのが遅くなって。受付の朝倉さんから『姫野さんが美島さんたちと一緒に居ます。大丈夫でしょうか?』って鳴海部長に連絡あったみたいで。おそらく〔第一役員室〕に掛けようとして間違えちゃったのね。…すぐに鳴海部長から連絡をもらって飛んできたの。」
そっか、朝倉さんね。代わりにSOS出してくれたんだ。
それで鳴海部長と柚ちゃんの組み合わせだったのか…。
受付だから絶対通るもんね…ありがとう。
朝倉 琴美さんは、今年で入社2年目の受付嬢さん。
“アンチ姫野派”もそれなりに多い中、彼女はエントランスを通る度に「姫野さん。」と笑顔で声を掛けてくれる優しい子だ。
また飲み物やお菓子を差し入れしよう。
そんなことを頭の片隅で考えていると、花森先輩からこの後の流れを説明される。
「いい?姫野さん。今日はもう、あなたがどれだけ『仕事したい』って言っても許可できない。受診すること。これは秘書課長命令ね。専務と私は今から会議もあるし、この報告もしないといけないから付き添えないけど…鳴海部長と鈴原さんが付き添ってくれるわ。」
「はい。」
結局、今日ほとんど仕事してないな…。
でも「秘書課長命令」と言われてしまえば従うしかない。
それに花森先輩は、きっと私が本調子ではないことも気づいている。
だからこそ、わざと「秘書課長命令」と言っているような気する。
今は体つらいし、今日はお言葉に甘えよう。
それはそうと、ありがたいけど鳴海部長たちだって仕事はあるはずなのに…良いのかしら。
「姫野さん、お気遣いありがとうございます。僕たちの業務を心配して下さって。ですが、ご心配なく。あなたを病院に送り届けて、【やるべき仕事】を終えたら…すぐ社に戻ります。」
私の心中を察したのか、鳴海部長が穏やかに笑ってそう答えてくれる。