男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「姫野さんは…どうして、うちの部署に異動を決めて下さったんですか?」
鳴海部長が、今度はこちらに話を振ってきた。
「鳴海部長と本条営業課長が、私を必要として下さっているからです。お2人が、私の仕事面を評価して下さっていると花森先輩から聞きまして…。"必要として下さる場所があるなら…。"と思い、決めました。」
「なるほど。お聞かせ頂きありがとうございます。」
「ただ…。社内での噂の通り、私は男性恐怖症…いえ、対人恐怖症です。なので様々な【不安】はあります。それでも〔開発営業部〕で頑張りたいと思ったのは鳴海部長と本条課長の誠実さにお応えしたいからです。花森先輩から聞きました。私の異動を社長に直訴されたと。その時のお話を聞いて安心したし、思ったんです。私の【内面】や【本質】を見てくれそうだなと――。」
「もちろん、それはそうです。人や物事の【本質】を見なければ信頼は頂けませんし、【相手の要求するもの】が見えてきませんから。」
「それは【当たり前にできること】のようで…【なかなかできないこと】だと私は思っています。私が対人恐怖症に陥っているのは、過去に【トラウマになるほどの事件】に巻き込まれた経験があるからです。それ以来、人と初対面から打ち解けることが極端に難しくなったんです。」
「そうだったんですね。」
鳴海部長は真剣に聞いてくれている。
「でも、鳴海部長と本条課長のことは"信頼しても大丈夫かもしれない"と思えました。“本当の私”を見ようとしてくれている…それだけで、どれほど救われたか。【事件】のこととは…まだ私自身が向き合いきれていません。時々フラッシュバックもします。だから今は詮索せず話せる時が来るのを待ってて頂けたら…。ちなみに、車の後部座席に乗れないのも【事件】が影響していると思われます。」
今話せるのは、ここまでかな…。
「姫ちゃんっ!すごい!鳴海部長に、ここまで話していいって思ってくれたんだね!ありがとう…!過呼吸にもならなかったねっ…すごいよぉぉ…グスン!」
「どうして柚ちゃんが泣くのー。でも、ありがとう…。柚ちゃんが信頼してる鳴海部長だもの。これから一緒に仕事するんだから、話すべきことは話しておかなきゃね。」
泣き出した柚ちゃんを宥めながら、彼女に明るく言った。
「社内であなたと一番仲が良い彼女が、あなたを思って泣く。この様子を見るに…。先ほどの話をすることが姫野さんにとって、どれほど勇気が要ることだったか…痛感しました。ありがとうございます、僕のことを信頼して下さって。その信頼に恥じない上司でありたいと思います。」
鳴海部長も柚ちゃんの背中を擦りながら、とても穏やかな笑顔を私に向けてそう言ってくれた。
そして――。
「さて。異動絡みの話を済ませたところで、先ほどの昼休憩の時の美島さんたちとの話をお伺いしたいと思いますが、お疲れではありませんか?」
鳴海部長の顔つきが、神妙な面持ちへと変わる。
「いえ、大丈夫です。このまま続けて下さい。……あっ、もしかして…。“Team Platina”として話を聞くために、ここまで?」
「さすがは姫野さん、お察しの通りです。知っての通り…専務と花森さんに会議が入っていたのは本当で、『姫野さんを病院へ送ってあげられない。』と花森さんが困っていたので僕が申し出ました。最初に受付の朝倉さんから連絡いただいたのが僕だったっていうのもありますけど。【美島さんたちの嫌がらせの件】は以前から“Team Platina”で調査を進めるよう、社長や専務から指示があったので。"これはお送りした後にお話を聞けるのでは?"と思いまして。」
「ずっと調査をして下さっていたんですね、ありがとうございます。」
「いえ、とんでもないです。むしろ時間がかかってしまっていて申し訳ありません。」
鳴海部長が、申し訳なさと悔しさが入り混じっているような表情を浮かべている。
しかしそんな表情を見せたのは一瞬で、すぐに仕事モードへと切り替えていた。
「失礼しました。今は辛気臭くなっている場合じゃなかった。昼休憩の時の話を聞かせて頂けますか?」
「はい。」
「今日、昼食はどちらで…?」
「中庭で。だいたい〔第二役員室〕で食べるんですが、常務と同じ空間に居るのが気まずくて。昨夜、引っぱ叩いてしまったので……。」
「なるほど、本当に剛兄さんやらかしたんだな…。本当に申し訳ありません。……ん?待てよ。中庭?……あっ!」
「あっ!」って言ったけど、何か気づいたのかな。鳴海部長。
…そういえば。中庭って、確か…。
「…あっ!あそこは監視カメラが、確か…。」
「…あります。カラス避けや防犯の意味で。中庭のどのあたりにいらっしゃいましたか?…鈴原さん。僕の社用スマホから“本条くん”のデスクに電話して?…僕、PC立ち上げてちょっといろいろ確認するから。電話繋ぐまでお願い。…スピーカーモードで傍に置いて。」
「置きますね。」
「ありがとう。」
鳴海部長の指示の途中から動き出した柚ちゃんは、素早く電話を掛けた。
「〔本部棟〕側だったので、東側ですね。」
「プルル…{はい。営業第1課の本条です。}」
「本条くん、ちょっと僕の部屋に移動して?」
「{はい。…ちょっと席外す。…〔部長室〕だ、よろしく。……どうぞ、部長。}」
「例の、【嫌がらせ】の件…映像証拠出るかもしれない。今日。姫野さん、中庭で昼食を摂ったみたいだから……。」
「{場所の詳細は?}」
「今聞く。ちょっと待って。」
鳴海部長のPCに映し出された、社内マップの中庭のフロア。
"ここです"と指を指して示すと、頷きで返してくれる。
「E-2カメラだな。」
「{承知しました。確認しておきます。}」
「あぁ、頼んだ。」
「{彼女に礼を言っておいて下さい。}」
「本条課長、横から失礼します。姫野です。お言葉しっかり受け取りました。ありがとうございます。」
「{…あぁ、いえ。こちらこそ、ありがとうございます。時間かかって申し訳ないですが、もう少しお待ち下さい。必ず環境改善させます。}」
「ご尽力いただいて…感謝しかありません。…あの、本条課長。月曜の[上層部会議]で鳴海常務を説得した上で、そちらへの異動が正式決定すると鳴海部長から聞きました。そして、お2人が必ず説得して下さるとも。私の方でもできることをしておきます。今の私は"本条課長の下で仕事がしたい"という気持ちでいっぱいです。常務の傍は…もう限界なんです。」
「{そう言っていただけて光栄です。交渉は必ず成功させます。…今、病院でしょう?どうぞ体をゆっくり休めて下さい。}」
本条課長の声色は、とても優しかった。
そんな声を聞いて、本音を言えて良かったと思えた。
「…あっ、ご存知だったんですね。ありがとうございます。それでは、失礼します。」
"お電話お返しします"とジェスチャーでお伝えして、私は黙った。
「もしもーし。相変わらず紳士だねぇ、昴くんは。」
「{そんなこと言って遊んでる暇があったら、早く戻ってきて下さい。鳴海部長。あなたが戻ってこないと俺はカメラ映像の回収にも行けませんよ。}」
「はいはい、もう戻るよ。…じゃ、また後で。」
そう言って、鳴海部長は通話を終えた。
鳴海部長が、今度はこちらに話を振ってきた。
「鳴海部長と本条営業課長が、私を必要として下さっているからです。お2人が、私の仕事面を評価して下さっていると花森先輩から聞きまして…。"必要として下さる場所があるなら…。"と思い、決めました。」
「なるほど。お聞かせ頂きありがとうございます。」
「ただ…。社内での噂の通り、私は男性恐怖症…いえ、対人恐怖症です。なので様々な【不安】はあります。それでも〔開発営業部〕で頑張りたいと思ったのは鳴海部長と本条課長の誠実さにお応えしたいからです。花森先輩から聞きました。私の異動を社長に直訴されたと。その時のお話を聞いて安心したし、思ったんです。私の【内面】や【本質】を見てくれそうだなと――。」
「もちろん、それはそうです。人や物事の【本質】を見なければ信頼は頂けませんし、【相手の要求するもの】が見えてきませんから。」
「それは【当たり前にできること】のようで…【なかなかできないこと】だと私は思っています。私が対人恐怖症に陥っているのは、過去に【トラウマになるほどの事件】に巻き込まれた経験があるからです。それ以来、人と初対面から打ち解けることが極端に難しくなったんです。」
「そうだったんですね。」
鳴海部長は真剣に聞いてくれている。
「でも、鳴海部長と本条課長のことは"信頼しても大丈夫かもしれない"と思えました。“本当の私”を見ようとしてくれている…それだけで、どれほど救われたか。【事件】のこととは…まだ私自身が向き合いきれていません。時々フラッシュバックもします。だから今は詮索せず話せる時が来るのを待ってて頂けたら…。ちなみに、車の後部座席に乗れないのも【事件】が影響していると思われます。」
今話せるのは、ここまでかな…。
「姫ちゃんっ!すごい!鳴海部長に、ここまで話していいって思ってくれたんだね!ありがとう…!過呼吸にもならなかったねっ…すごいよぉぉ…グスン!」
「どうして柚ちゃんが泣くのー。でも、ありがとう…。柚ちゃんが信頼してる鳴海部長だもの。これから一緒に仕事するんだから、話すべきことは話しておかなきゃね。」
泣き出した柚ちゃんを宥めながら、彼女に明るく言った。
「社内であなたと一番仲が良い彼女が、あなたを思って泣く。この様子を見るに…。先ほどの話をすることが姫野さんにとって、どれほど勇気が要ることだったか…痛感しました。ありがとうございます、僕のことを信頼して下さって。その信頼に恥じない上司でありたいと思います。」
鳴海部長も柚ちゃんの背中を擦りながら、とても穏やかな笑顔を私に向けてそう言ってくれた。
そして――。
「さて。異動絡みの話を済ませたところで、先ほどの昼休憩の時の美島さんたちとの話をお伺いしたいと思いますが、お疲れではありませんか?」
鳴海部長の顔つきが、神妙な面持ちへと変わる。
「いえ、大丈夫です。このまま続けて下さい。……あっ、もしかして…。“Team Platina”として話を聞くために、ここまで?」
「さすがは姫野さん、お察しの通りです。知っての通り…専務と花森さんに会議が入っていたのは本当で、『姫野さんを病院へ送ってあげられない。』と花森さんが困っていたので僕が申し出ました。最初に受付の朝倉さんから連絡いただいたのが僕だったっていうのもありますけど。【美島さんたちの嫌がらせの件】は以前から“Team Platina”で調査を進めるよう、社長や専務から指示があったので。"これはお送りした後にお話を聞けるのでは?"と思いまして。」
「ずっと調査をして下さっていたんですね、ありがとうございます。」
「いえ、とんでもないです。むしろ時間がかかってしまっていて申し訳ありません。」
鳴海部長が、申し訳なさと悔しさが入り混じっているような表情を浮かべている。
しかしそんな表情を見せたのは一瞬で、すぐに仕事モードへと切り替えていた。
「失礼しました。今は辛気臭くなっている場合じゃなかった。昼休憩の時の話を聞かせて頂けますか?」
「はい。」
「今日、昼食はどちらで…?」
「中庭で。だいたい〔第二役員室〕で食べるんですが、常務と同じ空間に居るのが気まずくて。昨夜、引っぱ叩いてしまったので……。」
「なるほど、本当に剛兄さんやらかしたんだな…。本当に申し訳ありません。……ん?待てよ。中庭?……あっ!」
「あっ!」って言ったけど、何か気づいたのかな。鳴海部長。
…そういえば。中庭って、確か…。
「…あっ!あそこは監視カメラが、確か…。」
「…あります。カラス避けや防犯の意味で。中庭のどのあたりにいらっしゃいましたか?…鈴原さん。僕の社用スマホから“本条くん”のデスクに電話して?…僕、PC立ち上げてちょっといろいろ確認するから。電話繋ぐまでお願い。…スピーカーモードで傍に置いて。」
「置きますね。」
「ありがとう。」
鳴海部長の指示の途中から動き出した柚ちゃんは、素早く電話を掛けた。
「〔本部棟〕側だったので、東側ですね。」
「プルル…{はい。営業第1課の本条です。}」
「本条くん、ちょっと僕の部屋に移動して?」
「{はい。…ちょっと席外す。…〔部長室〕だ、よろしく。……どうぞ、部長。}」
「例の、【嫌がらせ】の件…映像証拠出るかもしれない。今日。姫野さん、中庭で昼食を摂ったみたいだから……。」
「{場所の詳細は?}」
「今聞く。ちょっと待って。」
鳴海部長のPCに映し出された、社内マップの中庭のフロア。
"ここです"と指を指して示すと、頷きで返してくれる。
「E-2カメラだな。」
「{承知しました。確認しておきます。}」
「あぁ、頼んだ。」
「{彼女に礼を言っておいて下さい。}」
「本条課長、横から失礼します。姫野です。お言葉しっかり受け取りました。ありがとうございます。」
「{…あぁ、いえ。こちらこそ、ありがとうございます。時間かかって申し訳ないですが、もう少しお待ち下さい。必ず環境改善させます。}」
「ご尽力いただいて…感謝しかありません。…あの、本条課長。月曜の[上層部会議]で鳴海常務を説得した上で、そちらへの異動が正式決定すると鳴海部長から聞きました。そして、お2人が必ず説得して下さるとも。私の方でもできることをしておきます。今の私は"本条課長の下で仕事がしたい"という気持ちでいっぱいです。常務の傍は…もう限界なんです。」
「{そう言っていただけて光栄です。交渉は必ず成功させます。…今、病院でしょう?どうぞ体をゆっくり休めて下さい。}」
本条課長の声色は、とても優しかった。
そんな声を聞いて、本音を言えて良かったと思えた。
「…あっ、ご存知だったんですね。ありがとうございます。それでは、失礼します。」
"お電話お返しします"とジェスチャーでお伝えして、私は黙った。
「もしもーし。相変わらず紳士だねぇ、昴くんは。」
「{そんなこと言って遊んでる暇があったら、早く戻ってきて下さい。鳴海部長。あなたが戻ってこないと俺はカメラ映像の回収にも行けませんよ。}」
「はいはい、もう戻るよ。…じゃ、また後で。」
そう言って、鳴海部長は通話を終えた。