男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「…さすがのチームワークですね。3人とも仕事が早い。」

「部長と課長は確かにそうだけど、私は違うよぉ。」

柚ちゃんがタジタジしてて、かわいい。

「何言ってるんですかー。あと2週間もすれば、姫野さんもうちのチームに入るんですよ。あなたの業務処理の速さは、重役から太鼓判を押されています。うちのチームとも業務的な連携はすぐ取れていくと思いますよ。……そうだなぁ。特に本条課長とは。」

鳴海部長が含み笑いしてる…。
やっぱり専務のご兄弟ね。"考え"がある時の表情が一緒だなんて…。
専務といい、この人といい…頭の中どうなってるのかしら…。

「そうだと良いんですけれど…。……えっ、本条課長と私がですか!?そんなことはないと思いますよ。私、プログラミングのことなんて全く分からないですし…。」

「僕や本条課長が求めているところは"そこ"じゃないですよ。……まぁ。“彼”の仕事を見たら、あなたなら10日もあれば気づくでしょう。“彼”が【求めているもの】が何なのか…。」

鳴海部長はなぜか遠くを見つめて、そんなことを言う。

そして、2人は「さて。本条課長が呼んでるから本当にそろそろ社に戻ります。今後についてはまた追々話ましょう。」や「後でいろいろ届けるから心配せずに休んでてね。」と最後の言葉を口にし、足早に病室を出ていった。


「さて。私は、私のできることをやっておこうかな…。」

"善は急げ"って言うし、今は行動する時だと自分の直感が言っている。

ナースコールを通して白石先生と本条先生を呼んでもらった。

とある【お願い】をするために――。



「姫野さん、どうされました?」

ノックと共にお2人が、穏やか口調でそう言いながら入ってきた。

「白石先生、本条先生。実は【お願い】がありまして――。」


**


3月18日、午後12時40分――。


[上層部会議]開始まで、あと20分。

「(コンコン、ガチャッ!)…あっ。皆さん、会議の準備ありがとうございます。」

会議室に入ると、数人が準備をしてくれていた。

「あっ。姫野さん、お疲れ様です。体調はもう大丈夫ですか?」

いち早く私に気づき、駆け寄ってきて挨拶してくれたのは朝倉さんだ。
挨拶の後、声のボリュームを下げて「体調はもう大丈夫ですか?」とも聞いてくれた。

結局、私は先週の金曜からの3日間を病院で過ごした。

「おかげさまで。この前はありがとう、近々またランチとか行こうよ。」

「えー!私、大したことしてないですよ。電話掛け間違えちゃったし。でも、姫野さんとランチに行くと美味しいもの食べられるので行きたいです!」

もう、ホント可愛い。

「じゃあ、決まり。」なんて話をしていると――。

「(コンコン、ガチャッ!)…会議の準備ありがとうございます。」

「きゃぁ!本条課長、お疲れ様です!!」

本条課長が入室するのと同時に、女性社員たちから黄色い声が上がる。

常務がお手洗いで席を外してる今のうちに…【白石先生たちに用意してもらったもの】を渡しておこう。本条課長も、今はまだ1人みたいだし…。

鳴海部長には、渡してるところを見られても構わないけど、朝日奈課長や堤課長にまでは…まだ知られたくないし。

「本条課長、少し…5分ほどお時間をいただけないでしょうか?…本日の会議の【後半に上がる議題】についてお話しておきたいことが…。」

私がそう言うと、本条課長が笑顔で応じてくれる。
“何かを感じ取ってくれた顔”してる…さすがね。

「いいですよ。【後半の議題】についてはまだ周知されてはいけないので、向かいの部屋に行きましょう。……朝倉さん。申し訳ないが、鳴海部長や他の営業課長たちが私を探していたら、『向かいの部屋に姫野さんと居る。』と伝えてもらえないだろうか…。それから鳴海常務にも同様の伝言を。」

(かしこ)まりました。」

「常務はさらに理由や内容を聞いてくるかもしれないので、そしたら…鳴海部長や朝日奈課長のところに逃げるといい。とりあえず、内容なんかを詮索されないように逃げて下さい。」

朝倉さんの「はい。」という返事を聞いてから、私と本条課長は向かいの〔視聴覚室〕へ移動した。


**


「それで、私に話というのは…?」

「本条課長に…お願いがあるんです。"これ"を預かっていただきたいんです。…私、約5年前から〈心的外傷後ストレス障害(PTSD)〉の治療を受けていまして…。その"診断書"が、この封筒の中身です。いきなりこんな話を聞かされて不快だったり、驚かれたと思います。すみません。」

「〈PTSD)〉というと…。災害や事故の経験や目撃で、強いショックを受けてトラウマになりストレス障害になるという"アレ"ですか?…多少驚いてはいますが、不快ということはありませんよ。むしろ、よく打ち明けてくれましたね。ありがとうございます、私は姫野さんにちゃんと信頼していただけているようだ。」

こんな打ち明け話を、不快になるどころか……
落ち着いて、こんな優しく聞いてもらえるなんて…。

「…ん?[新宿南総合病院]?それに〈PTSD〉なら、受診は精神・心療内科ですよね?」

本条課長は全てを理解したようで、苦笑いしている。

「はい。本条課長のお姉様に…お世話になっています。」

「はは、そうだったんですね。こちらこそ、姉がお世話になっています。それで?話が逸れましたが、まだ続きがあるのでしょう?…ゆっくりとどうぞ。」

温かみのある笑顔と、落ち着きがあり…相手を安心させるような声色で続きを促される。

私を見つめる視線、部屋の雰囲気、続きを促す声のトーン。

その全てが……優しい。

「ありがとうございます。では続きを…。問い詰められるように質問されると、追い詰められてる気がして耐えられなくなり…過呼吸になることがあります。それで、喋ることが難しくなった場合に助けていただきたくて…。常務が素直に引き下がってくれるとは思えないので…。」

「あぁ、そういうことですね。俺でよければ、もちろんお手伝いしますよ。…あ、普段の口調が出てましたね。失礼しました。」

「クスッ。構いません、普段の口調で。私のことも呼び捨てでも良いです。」

「では、あなたが正式に俺の部下になったら…他の部下同様に『姫野さん』もしくは『姫野』と呼びましょう。……お預かりする"診断書"は拝見しても?……あと他に聞いておくべきことなどはありますか?」

「はい、どうぞ。本条課長にはお見せしても大丈夫だと思って持ってきました。…えっと、過呼吸になりやすい状況というのがいくつかあります。【追い詰められている気がする時】、【極度に緊張した時】、そして【男性に触れられた時】。握手は、大抵の方…大丈夫なので"手"には触れられても大丈夫です。でも、それ以外は体がビクンってなります。もっとも。“最初から下心がある人”は…論外ですけど。酷い場合には蕁麻疹(じんましん)も出たりします。」

私が話す内容を真摯に受け止め、言葉を返してくれる本条課長。

「どうやらそのようですね。主治医である姉の字で…しっかりと書かれてます。今のところ、触れてもあなたが驚かないのは…あなたの父親と、内科の主治医である俺の兄だけなんですね。…しかし、まさか姉だけでなく兄とも面識があったとは…。」

「私も驚きました。本条先生に、『うちの会社にも“本条さん”って方がいらっしゃるんですよ。』っていう話をして『姫野さんの会社の“本条”なら…白石先生と僕の弟ですね。』って言われた時には…。」
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